キャプティブ保険会社の活用例ケーススタディ〜小売業の場合〜
今回のフォーサイト・リスクマネジメントのニュースレターでは、実際にキャプティブを活用してグループ内財務をマネージしている例を、グローバル小売業大手のカルフール社のケースを取り上げて解説する。(データその他出典: Carrefourカルフール社のホームページ https://www.carrefour.com/en)
1.会社概要
- 1958年にフランスのアヌシーで創業。スーパーマーケットと百貨店を結合したハイパーマーケットの概念を世界で初めて導入し、1963年パリ近郊に最初のハイパーマーケットを出店。
- 1976年には50種類の食料品ブランドを最低価格で販売することを宣言し、食品、日用雑貨、衣料品の小売業者としては世界第2位、ヨーロッパでは第1位を誇る。
- グループでは、「ハイパーマーケット」「スーパーマーケット」「ハードディスカウント」「コンビニエンスストア」という4つの店舗業態で事業を展開し、2018年6月にはGoogleと提携して同社のプラットフォームを利用した生鮮食料品の販売を世界で初めて行う。
- グループの世界展開としては、EU各国の他、ブラジル、ルーマニア、北米、アジアにも店舗を展開。
- 日本での事業展開は、2000年に「カルフール・ジャパン株式会社」を設立し出店を実施。その後、2005年3月に業績悪化を理由に同社をイオンに売却し、カルフール・ジャパン社は「イオンマルシェ」に商号変更しつつ引き続き「カルフール」ブランドを維持していたが、店舗名称使用ライセンス契約の期間満了である2010年3月9日をもって日本における「カルフール」ブランドは消滅し、翌日より店舗名称を「イオン」に変更した。
- 売上高: 77億9,100万ユーロ(1兆128億円)
- 営業利益: 7億5,800万ユーロ(985億円)
- 店舗数: 12,300店舗
2.リスクマネジメント体制
- 2020年度のAnnual Financial Reportの記載によると、グループのリスクマネジメント体制としては、グループリスク部門の監督下でリスクマネジメントシステムが管理されており、同システムに従ってグループの従業員、資産、環境および目標に影響を与える可能性のあるリスクが特定され、評価・分析されるとともに、グループの価値と評判を守るために設計された予防措置または是正措置が実行されている。
- 本Annual Financial Reportには、グループにおける2020年度の主要なリスクとして14件が記載され、それらリスクに対処するためにグループは保険を使ったリスク移転のためのソリューションを実行している。
3.保険の状況
- 2020年度のAnnual Financial Reportの記述によると、グループの保険戦略としては、従業員と資産には可能な限り最大の保険を付保することに重点が置かれている
- 世界各地のグループ企業に対しては、財物・利益保険および賠償責任保険について全世界を包括的にカバーするグローバル保険プログラムが国際的な大手保険会社との間で設定されており、各国でグループに統合された店舗はどこでも均一にカバーが提供される一方、付保された保険の補償範囲およびリミットは全て把握され、世界中どこでも同じカバーが手配されることとなっている。また年度中にグループに買収された会社は、包括的なグローバル保険プログラムで迅速にカバーが提供されるか、マスターポリシーでDIC/DILの恩恵を受けることとなっている。
- グループの保険契約におけるリスク防止対策は、各国の現地事務所の窓口およびグループの保険会社と連携して、グループのセキュリティ部門によって管理されることとなっている。
- グループが契約している主な保険プログラムは以下の通り:
- 財物および利益保険
- 賠償責任保険
- グローバル賠償責任保険プログラムの一環として、環境賠償責任保険も付保されている
- また、現地の法律に従って、次のような強制保険も手配されている:自動車保険、建設工事保険(10年瑕疵担保補償)、銀行、保険、旅行事業に関する専門業者賠償責任保険
4.キャプティブの有無および活用状況
- 2020年度のAnnual Financial Reportの記述によると、グループは、保険リスクの移転および自己保有を最適化し、リスクをより適切に管理するために特定のリスクを保険市場に移転するとともに、財物・利益保険、賠償責任保険および物流保険において、発生頻度の高いリスクはキャプティブ保険会社を通じて一定程度保有する方針を持っている。キャプティブの業績はグループの財務諸表に連結されるとともに、キャプティブの損失を抑えるために1事故および年度通算のストップロスカバーを購入している。
- グループは、1989年12月ルクセンブルグにVelasquez S.A.という再保険キャプティブを設立し、1990年1月から運営している。
- Velasquez S.A.の直近2018年度および2019年度の財務諸表は以下の通り。監査法人はKPMG。
貸借対照表(2019年12月31日現在、単位:ユーロ) | ||
資産 | 2019年度 | 2018年度 |
投資 | 73,954,072 | 78,673,870 |
再保険損害準備金 | 60,969 | 5,382 |
債権 | 380,558 | 346,085 |
銀行預金 | 1,185,323 | 318,518 |
その他資産 | 29 | |
資産合計 | 75,580,922 | 79,343,884 |
負債 | ||
損害準備金(含むIBNR) | 44,160,741 | 38,234,861 |
平衡準備金 | 20,531,050 | 27,856,738 |
債務 | 5,284,857 | 7,630,399 |
調整金 | 53,528 | 71,140 |
負債合計 | 70,030,176 | 73,793,138 |
資本 | ||
払込資本金 | 4,500,000 | 4,500,000 |
資本準備金 | 272,743 | 272,743 |
利益剰余金 | 778,003 | 778,003 |
資本合計 | 5,550,746 | 5,550,746 |
負債および資本の合計 | 75,580,922 | 79,343,884 |
損益計算書(2019年12月31日を終期とする事業年度、単位:ユーロ) | ||
2019年度 | 2018年度 | |
収入保険料 | ||
グロス収入保険料 | 25,567,255 | 20,486,118 |
出再保険料 | (4,941,542) | – |
正味収入保険料合計 | 20,625,713 | 20,486,118 |
投資収益 | (13,727) | 116,443 |
損害保険金 | ||
支払保険金 | (19,365,440) | (16,316,830) |
損害準備金の繰入/繰戻 | (5,925,880) | 29,004 |
再保険金の回収 | 55,587 | – |
正味損害保険金合計 | (25,235,733) | (16,287,826) |
正味運営手数料 | (2,673,407) | (3,311,870) |
平衡準備金の繰入/繰戻 | 7,325,688 | (981,531) |
税引前収支 | 28,534 | 21,334 |
所得税 | (5,134) | 1,766 |
その他の税金 | (23,400) | (23,100) |
税引後の収支 | 0 | 0 |
- 上記財務諸表で注目すべき点は、ルクセンブルグ・ドミサイルに特徴的な平衡準備金(Equalisation reserve)を積むことによって、キャプティブの利益をほぼゼロにしていることである。即ち、ルクセンブルグでは、キャプティブで生じた利益を一定程度平衡準備金として負債に計上することにより、課税を最小限に抑えることが認められている。
- 従ってCarrefourは、キャプティブを使ってグループの保険料コストをセーブするだけでなく、セーブした利益を、平衡準備金を使って殆ど税金コストをかけずに積み立てることによって、将来の巨大損害に備えているものと推測される。
- 更にグループは、2005年にアイルランドにCarrefour Insurance Limitedという元受キャプティブを所有していた。しかし、EUにおいてSolvency IIが導入されて以来、アイルランド・キャプティブの運営コストが上昇したため、2014年には引受を停止した。その時点での総資産は10.3Mユーロ(13.4億円)、総負債は2.4Mユーロ(3.1億円)、資本金は2.5Mユーロ(3.3億円)。
- その後、アイルランド・キャプティブは、2017年にNovation(再保険債務移転取引)によりポートフォリオをAxa Corporate Solutionsに移転した後、2018年に閉鎖された模様。
Carrefourのようなグローバル企業は、グループに統合された店舗が世界中どこでも均一にカバーが得られるように、全世界を包括するグローバル保険プログラムを国際的な大手保険会社に付保する一方、付保された保険の補償内容および発生した事故を全て本社で把握できるように、当該グローバル・カバーをグループの所有するキャプティブに投入することによって、グループ全体のリスクマネジメントを効率よく運営している。
また、そうしたキャプティブを最も財務メリットの出るドミサイルに設立することによって、グループの財務戦略を効率よく実現しているといった点で、Carrefourは良い例と言える。
弊フォーサイトグループでは、ミクロネシアやハワイ、シンガポールなどにおけるキャプティブ設立をご検討されている企業の皆様、および既にこうしたドミサイルにおいてキャプティブを運営されておられる企業の皆様向けに、グループ会社であるMIMC(Micronesia Insurance Management Co., Ltd.、ミクロネシア連邦)、TPRM(Transpacific Risk Management Co., Ltd.、米国ハワイ州)ならびにForesight Foresight LIMSL Singapore Pte. Ltd(シンガポール)がサービスをご提供しており、日本とミクロネシア、ハワイおよびシンガポール現地において、豊富な経験と高度なプロフェッショナル・スキルを備えた専任スタッフによるキャプティブ設立検討から設立サポート、運営サポートとビジネス活用コンサルティングまで、川上から川下まで網羅したコンサルティングとサポートをご提供しております。キャプティブ・マネジメント業務についてのご相談をはじめ、これらの地域におけるキャプティブ全般についてのご相談についても是非ご用命下さい。