キャプティブ保険会社の活用例ケーススタディ〜小売業の場合(続)〜

今回のフォーサイト・リスクマネジメントのニュースレターでは、前回に引き続き、グローバル小売業大手企業における、実際のキャプティブ活用事例をご紹介して、それぞれのケースについて解説する。

ケース2:ウォルマート社のケース

1.会社概要

  • 米国アーカンソー州に本部を置く世界最大のスーパーマーケット・チェーン。1945年に創業者のSam Waltonがアーカンソー州ニューポートにBen Franklin雑貨店を開いたことに始まり、1946年には弟のJames L. Waltonがミズーリ州バーセイルズに同様の店を開き、その後、1962年7月2日にSam Waltonがディスカウントストアである最初のWalmart Discount Cityをアーカンソー州ロジャーズに開店した後、現在のWalmartWalton一族による同族経営企業(ファミリー・ビジネス)としては世界最大の規模に成長した。
  • 年間を通じて同じ低価格で販売する価格戦略(EDLP)を掲げ、物流管理、コスト削減などを徹底して推し進めて急成長し、世界最大の売上高を誇り、世界15ヶ国に進出して事業を展開している。
  • 日本では2005年に西友を100%子会社化し、2006年にはダイエー産業再生機構入りしたのをきっかけに支援企業として名乗りを上げたが落選。2018年に楽天と新たな提携関係を締結し、日本で初のeコマースストアを展開。2021年には西友の株式の65%をKohlberg Kravis Robertsに売却し、20%は楽天が新規に設立した子会社に取得させ、残りの15%は引き続きWalmartが保有。2021年3月には大久保恒夫氏ウォルマート・ジャパン・ホールディングス株式会社のCEOに就任し、商号も株式会社西友ホールディングスに変更した。
  • 売上高: 5,592億ドル(59兆円)
  • 純利益: 135億ドル(1.4兆円)
  • 従業員数: 全世界230万人(米国内140万人)
  • 店舗数: 米国内にスーパーセンター3,570店、ネイバーフッドマーケット686店、ディスカウントストア374店、小型店102店、コンビニエンスストア8店、サムズクラブ599店の計5,342店、海外は6,101店の合計11,443店舗を展開している

2.リスクマネジメント体制

  • Walmartでは、リスクマネジメントの伝統的アプローチとERMの概念を比較し、以下の利点を見出している。

「伝統的リスクマネジメントのフレームワークの下では、リスクは一般的に機能(即ち、流通、業務、給料計算、物流、法務)やリスク専門領域で分割した『サイロ』の中で扱われる。このサイロ・アプローチにおける問題はその焦点の当て方が縦割りで、複雑な問題の限られた視野だけが提示されるということである。もう一つの限界は、情報の各機能の横断的な共有は容易なことではなく、また各リスクは独立して優先順位付けされることである。ウォルマート社のマネジャーは、サイロ・アプローチが長い目で見ればより高いリスクマネジメント・コストの結果として跳ね返ってくる傾向にあると感じた。他方、ERMフレームワークは、水平と垂直の両方から焦点を当てる機能横断的なアプローチをとる。ウォルマート社はERMがリスクのより包括的な視野を提供し、より統合化された解決策を生み出すことができると感じた。ERMフレームワークはまた、機能横断的な情報交換を容易にし、リスクの優先順位付けの調整にも役立つ。この結果、彼らは種々のリスクの相互関係を識別し、活用できるようになり、最終的により費用対効果の高いリスクマネジメント戦略を持つこととなるだろう。ERMが約束するものは伝統的なフレームワークより優れているように思われた」

全社的リスクマネジメント – 近年の動向と最新実務」2005年2月28日Tillinghast Towers Perrin 眞田光昭訳より抜粋
  • 2021年度の年次報告書では、リスクマネジメントに関して「リスクファクター」として以下の事業リスクがあることを開示している。
    • 新型コロナウイルス感染症による事業への影響は予測不可能であり、将来の収益成長を維持できない可能性がある。
    • 自然災害、気候変動、世界的な感染症の流行もしくは巨大災害により、財務状況を大きく悪化させる可能性がある。
    • サプライヤーに関するリスクが、当社の財務状況を大きく悪化させる可能性がある。
    • 販売した商品の安全性が顧客の期待に反した場合、商品を購入する顧客を失い、顧客の健康被害に対する賠償責任が生じ、ブランドイメージに重大な影響を及ぼす可能性がある。更にeコマースにおける当社の評判を著しく損なうリスクがある。
    • 取引の実施、業績の取り纏め、事業の管理において情報システムに大きく依存しているため、システムの障害は事業遂行を阻害する可能性がある。
    • オンラインで取引する顧客に対して提供しているシステムに障害が発生した場合、世界中で行っている多角的チャネルを通じた事業に重大な影響をもたらす可能性がある。
    • 情報システムに対するサイバー攻撃等で、顧客や取引先の情報の安全保持に支障が生じた場合、評判を損なうとともに法的訴訟が発生することにより、多大なコストが生じるとともに、事業に著しく悪影響を及ぼす可能性がある。

3.保険の状況

  • 2019年度の米国証券委員会宛年次報告書に次の記述がある。即ち、以下のリスクに対しては自家保険の準備金を積んでいる模様。
    • 労働災害
    • 一般賠償責任
    • 自動車賠償責任
    • 製造物賠償責任
    • 従業員健康給付金
  • 上記リスクに対しては、標準的な数理分析手法を使って最終損害額を推計した上、未払責任額および管理費用を適切に評価しながら支払いに備えている。
  • 但し、保有額を一定程度に抑えるために、労災、一般賠償および自動車賠償に対してはストップ・ロスを含む保険カバーを付保している

4.キャプティブの有無および活用状況

  • Walmartのキャプティブについて、いくつかの情報ソースを検索したところ、2004年に米国バーモント州でBroadstreet Insurance Companyというキャプティブを設立している模様。
  • 同キャプティブでは、上述の自家保険のリスクを引き受けているものと推測される。

(データその他出典: Walmartウォルマート社のホームページ  https://www.walmart.com/)

ケース3:テスコ社のケース

1.会社概要

  • イギリスに本拠地を置き、小売業を主たる事業としつつ、金融、電気通信、ガソリンスタンド、通信販売業なども展開している。五大世界流通大手の一つであり、イギリスのみならず北半球の十数ヶ国でハイパーマーケット、スーパーマーケット、コンビニエンスストアなどを展開している。売上高ではイギリス国内最大手。
  • 2003年に日本で「つるかめ」ブランドの小型店舗を多数持つ既存企業のシートゥーネットワークを買収したが、首都圏での中型・小型店舗の展開に留まり不振が続いたため、2011年8月末に日本から撤退の意向を発表し、2013年にイオンが全店舗と従業員の引き受けを条件に発行済み株式の50%を1円で取得して傘下におさめ、社名を「イオンエブリ」に変更。その後もテスコとの資本関係は残ったが、最終的にはテスコが日本から完全撤退し、イオンの完全子会社となった。
  • グループ売上高: 534億ポンド(8.2兆円)
  • グループ営業利益: 18.2億ポンド(2,785億円)

2.リスクマネジメント体制

  • 2021年度の年次報告書では、リスクマネジメント体制について次のような記述がある。即ち、グループで確立したリスクマネジメント体制によって、ビジネスが直面するリスクは常に管理され報告されるようになっている。
  • グループの業績、将来の見通しまたは評判に深刻な影響を与える可能性のあるリスクは主要リスクと呼ばれ、同リスクを効果的に管理するために以下の目標が設定されている。
    • グループの業績は、顧客、従業員、サプライヤー、株主を含むすべてのステークホルダーに対して価値を生み出すために、常に競争力および責任を保持しておかなければならない。
    • グループの取る行動は、評判を守り強化するために、行動規範に沿ったものでなければならない。
    • グループの事業は、設定された資本配分の枠組みの中で運営されることを目標とする。
    • 主要リスクは常に効果的に管理されるように努めなければならない。

3.保険の状況

  • 2021年度の年次報告書において、保険の付保状況について次の通り言及されている。即ち、グループは不測の事態から生じる損害に対してカバーが不十分となるリスクを認識しており、そうした事態に対して大規模な損害のみを対象として、一般の保険市場から財物保険、利益保険および賠償責任保険を購入している。
  • 一方、保険市場に移転されないリスクはグループ内に保有されており、財物・利益・賠償責任の一部のリスクは、グループのキャプティブ保険会社であるガーンジーのELH Insurance Limitedがカバーを提供している。

4.キャプティブの有無および活用状況

  • 上述の通りテスコ社は1977年よりガーンジーにキャプティブ保険会社のELH Insurance Limitedを所有している。
  • ELH Insurance Limitedの財務諸表は公開されていないため、キャプティブの財務状況は不詳だが、InternationalおよびGeneralの引受認可を保持していることから、国内外の損害保険リスクを引き受けているものと推測される。
  • マネジャーは住所からAon Insurance Managers (Guernsey) と推測される。

(データその他出典: Tescoテスコ社のホームページ https://www.tesco.com/


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