フランスにおける新たなキャプティブ法の動き

1.フランスにおけるキャプティブ推進法の成立の経緯

 フランスでは国内企業のうち数百社がキャプティブを所有していると考えられているが、フランス国内において近年まで合法的に承認されているキャプティブはわずか5社だけであった

 ところが2019年になってフランス健全性監督破綻処理機構(APCR)が20数年ぶりに新規のキャプティブを1社承認したことによりその総数は6社に増え、更に2021年にBonduelle Re(農業・食品業グループのBonduelle社のキャプティブ)およびGroupe Seb Re(調理器具・小型家電メーカーのSEB社のキャプティブ)の2社が加わり、2021年末でフランスにおけるキャプティブ数は8社となった

 更に2022年にはPublicis Re(広告代理店のPublicis社のキャプティブ)およびSorelac(乳製品メーカーのLactalis社のキャプティブ)が加わり、10社に増えた。この動きを受けて2022年10月にフランス政府が2023年度予算を審議する下院に国内でのキャプティブの設立を奨励する法案(いわゆる「キャプティブ推進法」)を提出したものの、同法案はブルーノ・ルメール経済財政大臣によって11月17日に一旦撤回された。

 同法案の内容は、フランス国内でもルクセンブルクのようにキャプティブで平衡準備金とよばれる損害準備金を非課税でプールできるようにし、それによってキャプティブが将来の損害変動に対応できるようにするという条項を盛り込んだもの。

 フランス政府としては、一般の保険市場では補償されないリスクに対する解決策の一つとして国内でのキャプティブ設立を促進し、保険業界を活性化させたいと考えているが、野党社会党は同法案が一種の脱税を生み出すことを恐れた。

 同法案はその後上院に提出されて可決された後、上下院および政府の合同委員会で議論が交わされた末、12月11日にエリザベス・ボルヌ首相によってこのキャプティブ推進法案を盛り込んだ2023年度の予算案が承認され、12月15日に最終的に議会で採択の後、12月31日にエマニュエル・マクロン大統領によって署名され、2023 年 1 月 1 日開始の会計年度から適用されることとなった

 その後2023年7月には、パリに本社を置くNaval Re(軍用艦造船メーカーのNaval社のキャプティブ)が11社目の国内キャプティブとしてAPCRより承認され、更に今年10月初め時点で3社が加わり、フランス国内のキャプティブは合計で14社となった

 国内のキャプティブドミサイル化を目指して長年にわたってロビー活動をしてきたフランスの企業リスクマネジメント協会(AMRAE)によると、更に40社余りの企業が国内でのキャプティブ設立を現在検討しているとのこと。

2.キャプティブドミサイルとしてのフランスの今後の課題

 今回のキャプティブ推進法の成立によって、フランス国内に新規のキャプティブを誘致するためには、フランスをルクセンブルグやガーンジーなど海外のドミサイルと同じくらい効率的で魅力的なドミサイルにすることが肝要となる。

 フランス国内の多くの企業にとっては、国外にキャプティブを設立する場合に必要な現地事務所の設立や現地人員確保のためのコスト負担がなく、更にITシステムや管理に問題が生じた場合でも直ちにアクセスして対応できる国内にキャプティブを設立することが大きなメリットとなる

 しかしそうしたメリットを享受するためには、フランス国内においてもキャプティブ運営・管理に通じたキャプティブマネージャー、保険数理人、その他キャプティブに特化したサービスプロバイダーが存在し、完全な形でのキャプティブエコシステムが機能することが必要であり、それが実現できて初めて海外にキャプティブを所有するフランス企業が自国内へのキャプティブ移転を検討することとなる。

 ルクセンブルクや他のヨーロッパのドミサイルでは、キャプティブに対して理解のある銀行、資産運用会社、監査人など様々なサービスプロバイダーが機能するエコシステムがすでに整っており、更に規制当局はキャプティブマネージャーの地位を法律で明確に定めていることから、キャプティブドミサイルとして発展してきた。

 一方、法制面から見ると、今回フランスで成立したキャプティブ推進法はルクセンブルクのキャプティブ法の特徴をいくつか反映しており、その主なものは以下の3点である。

  1.  無税で繰り延べられる平衡準備金の額を利益の90%までとすること
  2.  税金の繰延期間は15年までとすること
  3.  平衡準備金の総額は最低必要資本金の10倍までとすること

 上記1.でいう利益と相殺できる平衡準備金の額については、ルクセンブルクでは利益の100%まで認められている一方フランスでは今回90%までとされており、その差はかなり縮まったと言える。

 但しこのキャプティブ推進法の規定は、銀行や一般の保険会社を含む金融系企業に対しては適用されないうえ、キャプティブが引受けるリスクのうち特定のリスクのみにしか適用されない。例えばキャプティブが引受ける従業員の福利厚生リスクについてはこの規定の適用除外とされている。

 フランスのキャプティブ産業活性化には、中小規模の企業を含むあらゆる企業に対して国内ドミサイルにキャプティブを設立することのメリットを説く必要があるとAMRAEは考えており、最近フランス企業向けにキャプティブ設立の促進を目的としたフランス企業キャプティブ連盟 (FFCE) を立ち上げた。

 FFCEAMRAE と共に、キャプティブ推進法を特に従業員福利厚生制度に適用できるよう拡大することを目標としている。

3.欧州の他のキャプティブドミサイルの動き

 ルクセンブルクはフランスやその他欧州の大企業がキャプティブを設立する主要なドミサイルの一つであるが、今般のフランスの新キャプティブ推進法の成立によって、親会社がフランス企業であるキャプティブがルクセンブルクからフランスに再移転するといった動きは今のところ顕著には見られない。

 ルクセンブルグ保険庁は2023年9月末時点で新たに4社のキャプティブを認可しており、今年末までに更に数社の認可を予定していることから、ルクセンブルグはまだフランスの新しい法律の影響を受けてはいないとしている。

 一方英国財務省は、キャプティブ保険制度導入による潜在的メリットを検討する円卓会議を2023年9月にロンドンで開催した。英国にはキャプティブ設立を望む企業がアクセス可能な、広範な金融サービスのエコシステムや、キャプティブに関する各種サービス提供の経験を持つグローバルブローカー、幅広い資産運用の選択肢を提供する銀行、更には世界最大かつ最も洗練された再保険市場が存在するため、キャプティブドミサイルとして最も適した環境が揃っている。

 またイタリアでは、金融サービス規制当局が国内企業が外国に拠点を置くキャプティブを本国に移すことを歓迎すると発表したが、こうしたイタリア政府の支援的な立場にもかかわらず、同国には法的にも人的にもキャプティブをスムーズに運営するエコシステムが欠けている。

 その他欧州の伝統的なドミサイルではすでにキャプティブに関する法的システムが整備されており、キャプティブ招致競争に役立つ専門的なスキルも備わっていることから、キャプティブ設立を検討している欧州の企業に対して、今後各国キャプティブ規制当局によるドミサイル間の競争が激しくなることが予想される。

出典:

  • キャプティブ・レビュー – 2022年12月記事
  • キャプティブ・インシュアランス・タイムズ – 2023年3月記事
  • キャプティブ・ドットコム – 2023年4月20日記事
  • キャプティブ・インシュアランス・タイムズ – 2023年7月3日記事
  • キャプティブ・インターナショナル – 2023年8月16日記事
  • キャプティブ・レビュー – 2023年11月6日記事

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