アジア・インシュアランス・ブローカーズ・サミット開催レポート(後編)

前回のニュースレターに続いて、今回は先頃3月15~17日に開催された、アジア・インシュアランス・レビュー誌主催の掲題オンライン・ウェビナーの最終日、「キャプティブにフォーカスしたセッション」の後半3つのセッションについてレポートする。

4.EB(従業員福利厚生のための保険商品)のキャプティブへの出再について

プレゼンター: アラン・オーツ氏エーオン社、アジア太平洋地域 アドバイザリー&スペシャルティー部門代表)<香港在住>

 大手国際保険ブローカーであるエーオン社のアジア太平洋地域でのアドバイザリー&スペシャルティー部門の代表を務めるオーツ氏は、元々保険数理モデリングやリスクマネジメントのプロフェッショナルとしてのキャリアからスタートし、現在は香港ベースで、アジア太平洋地域におけるEB(Employee Benefit=企業における従業員福利厚生プログラム)の戦略・財務的アドバイスと運営支援業務のビジネスをリード、数々の多国籍企業に対し、25年間にわたって国際的企業福利厚生マネジメントのアドバイスを提供しているという。

 最初にオーツ氏から、EB関連の保険を引受種目としているキャプティブ(以下「EBキャプティブ」)の現状についての説明があった。現在世界でEBキャプティブと呼べるキャプティブは150社ほどであり2010年代から増加傾向にあるが、現在は大多数の企業キャプティブが新たにEB種目の投入を始めている初期フェーズにあり今後継続して増加の見込みとのこと。投入保険料総額も現在20億ユーロほどに達しており、年平均15%の成長率を維持しているとのことである。EBキャプティブには、既存のEBプログラム運営に比較して、事務処理が柔軟であることとコストを抑制できることが求められるが、一方最近の損害保険マーケットのハード化によって、従来キャプティブに投入されていた損害保険以外の種目について、キャプティブの活用を多様化していこうという動きが出ているとのこと。そうしたEBキャプティブへの投入リスクとしては、健康保険・医療保険、雇用慣行賠償責任保険(EPL)、生命保険といったものが主となっていると説明。

 また、2021年エーオン社実施のグローバル・リスクマネジメント・サーベイによると、キャプティブ全体への企業の関心度も高まっており、向こう3年のうちにキャプティブやセル設立を検討している企業は、北米で約50%、アジア太平洋地域でも20%程度の企業に上るとのこと。

 企業がEBキャプティブ設立に向かっている動機として、オーツ氏は必ずしも財務上の利益のみを求める動機ではないと指摘。むしろ、下記の3点を主たる動機として説明した。

(1)提供可能なカバーや運営の柔軟性

 元受保険会社が対応困難な免責条項を削除したカバーや、従業員に対する多様化(Diversity)・公平性(Equity)・受容性(Inclusion)目的達成に必要な従来の保険引受経験のない種類のカバーが用意できること

(2)EBプログラム運営ガバナンスの改善

 グローバルでEBのハブとしてキャプティブが機能し、人事部門へ様々なリスク・事故状況についてのレポートが適切に提供可能となり、予算管理が容易となること

(3)EBプログラムのスケールメリット

 それぞれの各国で個別の保険手配をすることと比較して、キャプティブ活用によってEB運営の財務的効率性が向上できること(例:ニッチなリスクカバーをよりよい値段で調達できる、カバーされるリスクの多様化など)

 次にEBキャプティブの運営によって、企業は様々な種類の従業員ニーズに対応できるというメリットについての説明があった。具体的に異なる従業員特性ごとのニーズについて、高齢者従業員、個々の能力の異なる従業員、LGBTQ+の従業員、男性・女性従業員特有、個々の宗教・文化特有、サンドイッチ世代(両親と子供の両方の世話が必要な世代)家族など現代の家族特有の、様々な医療・健康上のサポートやカウンセリング、ガイダンスそして具体的な保障ニーズがあると解説。また、従業員間の教育や健康増進機会の公平性を確保するために、各種スキル開発や生涯教育等のサポートプログラムや、EAP(従業員支援プログラム)・各種カウンセリングの提供などのコストについても、EB種目の補償項目とすることによるキャプティブ活用が可能と説明した。こうしたいわゆる「非伝統的な補償」については、従来の保険会社は引受経験がないなどの理由で通常カバー確保が極めて困難だが、EBキャプティブの活用によってこれらへの対応が可能となると指摘した

 一方、近年高騰傾向にある従業員医療コストのコントロールについても、EBキャプティブが有効であると説明エーオン社による108カ国にわたるサーベイによると、グローバルの医療コストはここ数年平均7.4%の上昇を見せており、うち北米が6.6%、アジア太平洋地域は8.2%、ラテンアメリカや中東・アフリカに至っては10%を超える上昇傾向にあるとのこと。こうした上昇する医療コストトレンドをコントロールするためEBキャプティブができることとして、クレームデータの収集と分析(頻度・コスト増要因・クレーム単価など)、キャプティブによる保険料ディスカウントなどのソリューション提供、そして引受成績のトラッキングによるコスト水準の改善などがあると説明した。また、EBキャプティブの活用は、前述のスケールメリットの享受の可能性を提供するとし、特に引受保険会社の保険引受利益マージンの圧縮や、引受やクレーム対応に関する中間コストのセーブ、および引受リスクの多様化による財務的プラス効果(リスク関連性の少ない伝統的損害保険と併せて引き受けることによるリスク分散)が期待できるとした。

 次にEBキャプティブの実施の要件として、最低保険料水準は医療保険等を含み、年間300~500万ドル(約3.75~6.25億円)あること、従業員は最低数カ国に分散しており5,000~1万人程度いること、そして方針実行の意思決定を一極集中できる強いガバナンス構造があることを挙げた。投入すべき保険種類としては、基本的な生命保険、傷害保険、短期・長期所得補償保険、医療保険、年金保険、EAP費用の保険、旅行保険などがあるとした。更に企業がキャプティブに期待できる役割として、元受保険会社のプライシングに対するキャプティブ・プライシングの実施(財務的役割)、キャプティブ独自での保険引受判断(アンダーライティング)の実施(戦略的役割)そして、ポートフォリオ全体ベースでアンダーラインティングを行い、より長期的視点に立った運営の実施(全体的役割)を挙げた。

 続いてオーツ氏は、EBキャプティブ実施にあたっては、元受(フロンティング)保険会社を含めた、ローカルの保険規制等を踏まえたバリューチェーン構築の可能性、ライセンス取得・維持コストと規制要件、国際税務、元受保険会社との再保険契約の条件、リトロ(再々保険)出再先の与信分析やデューディリジェンス、キャプティブでの保有水準やリトロ出再の要否、各種手数料コストなどの各種要素の検討が必要であることを指摘した。また、生命保険の多国間プーリング(各地で引き受けた生命保険をグローバルで再保険を通じまとめてプーリング管理する制度)を展開する7つの国際的プーリングネットワークがあるが、そのうちキャプティブに対応しているのはアリアンツ、ジェネラリ、マクシス、チューリヒおよびIGPの5つのみであり、同氏として推奨するのは最初の3つであると述べた

 オーツ氏は最後に、キャプティブ・ソリューションは、グローバルな財務管理オプションの中でも究極の方法であると強調してセッションを終了した。

5.企業とブローカーにとってのグループ・キャプティブのメリット

プレゼンター: オリヴァー・スコフィールド氏プリンシパル・リ・リミテッド社 キャプティブ及びART(代替的リスク移転手法)部門代表)<マレーシア、ラブアン在住>

 プリンシパル・リ・リミテッド社は、このセミナーレポートの前編に登場したブライトン・マネジメント社同様、近年キャプティブ・ドミサイルとして成長するマレーシアのラブアンIBFC(国際ビジネスおよび金融センター)所在の再保険ブローカー会社。スコフィールド氏はそこでのビジネスの中でも、特にキャプティブや代替的リスク手法(ART)に関するコンサルティング・チームを率い、この分野で30年以上のプロフェッショナルとしての経験を持っている。

 冒頭スコフィールド氏は、近年同業種や、企業団体による、従来の保険マーケットでのカバレージ購入に代わる代替手段としてのキャプティブへの興味が高まっていると説明。その背景には、2018年までソフトな状況(豊富な引受キャパシティ、保険料水準の低位安定など)が続いていた保険マーケットが、コロナ禍等の影響もあり2021年にハード化し、保険料水準の上昇、引受キャパシティの減少、提供されるカバーの限定化、免責条項追加などの動きが顕著になったことが大きいとの見解を述べた。また、コロナによる保険金支払や、ロシアのウクライナ侵攻などの影響もあり、2022年から向こう数年はこのハード・マーケットが続くと述べている

 同氏は、グループ・キャプティブの定義を「共通の保険についての問題を抱える同一業種または異業種の多数の親会社によって所有されるキャプティブ」と置き、主なグループ・キャプティブの種類として、次の3つを挙げた。

(1)アソシエーション・キャプティブ: 通常同業種の企業団体(個々の企業ではなく)によって所有されるキャプティブ

(2)インダストリー・キャプティブ: 同一業種の企業団体によって設立され、そこに所属する個別企業によって所有されるキャプティブ

(3)マルチ・インダストリー・キャプティブ: 複数の異業種企業の団体によって設立され、そこにそこに所属する個別企業によって所有されるキャプティブ

 次にグループ・キャプティブが設立される目的としては大きく二つあるとし、一つは「収益目的」、つまり高いレベルのリスクマネジメントを行っている企業が、キャプティブ設立によって保険会社に渡していた保険利益を自ら確保する目的であるとし、もう一つは「カバレージ目的」、つまり伝統的保険マーケットで購入できない、または購入できてもコストが高いカバーを確保する目的であると述べた。

 続いてスコフィールド氏は、グループ・キャプティブの特徴として、グループ・キャプティブ会員企業に対するルールが厳格であること、会員企業によるリスクマネジメント水準に最低要件があること、リスク分担のプラットフォームが確立されていること、再保険マーケットとの交渉に必要な水準の一定の自己保有を行っていること、そして保険マーケットの変動に振り回されない運営を指向していることを挙げた。

 グループ・キャプティブへの需要が高まっている背景について、更にスコフィールド氏は、伝統的保険マーケットへの不満、費用対効果の高いカバーが入手しにくくなっていること、企業として全体的なリスクコストを減らしたいという需要があること、保険カバー内容をカスタマイズしたいニーズがあること、企業として保険引受利益や投資収益を確保したいニーズがあること、規模の大きい企業グループの場合保険マーケットに対する購買力が高くなっていること、そして一定水準のリスクマネジメントを実施している企業グループは保険規制当局や保険会社との交渉力が高まることがあると述べた。

 次にスコフィールド氏は、過去の著名なグループ・キャプティブの実例として次の3つを紹介した。

(1)エース: 現在は保険会社だが、もともとは34社の企業とマーシュが1985年にバミューダに設立したグループ・キャプティブ。1999年にシグナ社、2016年にチャブ社を買収し、現在はチャブ・ブランドでグローバルに保険事業を展開中。

(2)XL: 1986年に68社のフォーチュン500企業がマーシュのアレンジによって設立したグループ・キャプティブ。2001年にウィンタートゥール社、2015年にカトリンを買収。2018年にAXA社に買収された。

(3)NEIL: 原子力リスクの補償を確保するためのグループ・キャプティブ。1979年米国スリーマイル島の原発事故が契機となって設立され、2016年時点での剰余金は40億ドルに上っている。

 最後にまとめとして、スコフィールド氏はグループ・キャプティブについて次のように述べてセッションを終了した。

* グループ・キャプティブは最近のトレンドではなく、1980年代の昔からある。

* 検討から設立までには、複数の企業が関わることもあり、通常1~1.5年ほどかかるのでクイックなソリューションではない。

* 会員企業間の安定的カバーとコントロールを確保するための、長期のソリューションである。

* 不安定な伝統的保険マーケットの代替手段として有効。会員企業間の共通権益と信頼関係を作り挙げることができるコミュニティとしても機能する。

6.今後のキャプティブの役割について

プレゼンター: ジョージ・マギー氏(アジア太平洋地域におけるリスクと保険に関する独立コンサルタント)<シンガポール在住>

 マギー氏は最近ウィリス・タワーズ・ワトソン社のアジア太平洋地域のキャプティブ担当部門のマネージング・ディレクターを退任した、保険業界での42年間の経験のうち、35年間キャプティブ・ビジネス(うち30年はアジア在住)に関わってきた、アジア太平洋地域におけるキャプティブ業界のシニア・プロフェッショナル。WTW社退任後は、数々のキャプティブや保険関係企業の社外取締役としても活躍している。このセッションではそのマギー氏が考える、今後のキャプティブの役割についてのいくつかの見解が述べられた。

 まず、最初に通常の保険手配とキャプティブの大きな違いとして、キャプティブの場合はリスクの所有者(=企業)が保険条件や支払をコントロールできるところにあるとし、キャプティブは、そのリスク所有者たる企業に、長期にわたってリスク管理の効率性と確実性を改善し、様々な財務的な対応を可能とし、保険カバー設計についても単なる免責金額設定などに留まらない広い範囲のオプションが可能となるという点にあると説明。

 一方、これまでのキャプティブは、グローバル・ブローカー会社がマネジメントを行い、親企業は再保険マーケットとリスクをシェアするが、リスクと保険を超える機能についての透明性は限られており、かつ往々にして税務メリットがキャプティブ設立の大きな動機であるという誤った理解がされていたと述べた。

 これに対し、今後のキャプティブの方向性として、これまで以上に幅広い業界のリスク所有者による活用が進むであろうこと、更に様々な構造やテクニックを駆使したキャプティブ運営が予想されること、伝統的保険マーケットが対応しづらい新しく進化するリスクに対する対応やリスク保有を増やす手段としてより活用されること、パラメトリック再保険や多国間生命保険プーリング、保険証券化といった新しいテクニックの活用主体としての役割が高まるであろうことを指摘した。また、キャプティブ活用主体としてのリスク所有者の多様化についても触れ、企業のみならず、企業団体、政府機関、融資機関や保険会社・再保険会社なども今後キャプティブ活用主体となっていくであろうと述べた。またそこではキャプティブと既存の保険会社は競合相手ではなく、パートナーとして共存すべきとの見解を示した。

 次にキャプティブについて活用されるべき様々なテクニックについて触れ、100%所有キャプティブだけでなく、前半のセッションでも説明のあったラブアンで活用されているPCC仮想キャプティブグループやアソシエーション・キャプティブ、証券化保険カバーの引受キャプティブ、インシュアテックの活用でオペレーションを効率化したキャプティブなどについてその可能性を強調した。

 また、キャプティブがカバーすべきリスク領域も更に広がっていくと指摘し、リスク所有者である企業が事業目的達成の障害となる項目についてのカバーがすべからく今後は対象となってくるとし、気候変動やパンデミック、サイバーリスクといったグローバルに増加するリスクについても今後はキャプティブがカバーすべき領域となると述べた。加えて今後は、戦略的ガバナンス体制や、法規制へのコンプライアンス、事業運営管理、リスクのレビューと評価、再保険手配、投資・税務といった幅広い分野の知見を動員してキャプティブのデザインを行うべきとの見解を示した。

 今後そうしたキャプティブ運営にはブローカーの役割が不可欠であるとし、具体的には、従来の保険の枠を超えるリスクの理解と評価のサポート、リスク移転のみならずリスク保有のための財務的オプションの分析、キャプティブの財務上のオプションをデザインし実施するために必要な様々な分野についてのベストなアドバイスを確保するためのサポートといった役割を果たし、更には顧客ニーズに対応するためには国や専門分野を超えたパートナーシップに対して常にオープンであるべきと主張した。

 マギー氏は最後にまとめとして、キャプティブの構造やテクニックが広がっていること、より広い業界のリスク所有者によるキャプティブ活用が予想されること、キャプティブの財務上の重要性とガバナンス上の課題は大きくなっていること、ブローカーはそうしたキャプティブの未来の活用に重要な役割を果たすことを再度述べ、こうしたことを踏まえれば、特にこのアジア太平洋地域におけるキャプティブの将来は極めて明るいとの見解を示してセッションを終了した。(了)


フォーサイトグループでは、キャプティブ設立をご検討されている企業の皆様、および既にキャプティブを所有されている企業の皆様向けに、豊富な経験と高度なプロフェッショナル・スキルを備えた専任スタッフが、キャプティブの設立から運営・活用に至るまでの様々なコンサルティングおよびサポート・サービスを提供しております。キャプティブに関する様々なご相談については、是非弊社にご連絡下さい。