2019年度世界のキャプティブ保険市場概観

世界のキャプティブ保険市場の状況を2回にわたってお届けする。
今月は第1回目の概観をお伝えする。

2019年度の市場概況

世界のキャプティブ総数は2019年に再び減少したが、新型コロナウイルスの影響および保険マーケットのハード化によって、キャプティブによるリスクの引き受け意欲が急増しているため、減少傾向は徐々に逆転しつつある。

世界全体のキャプティブ総数

2012

2013

2014

2015

2016

2017

2018

2019

キャプティブ

6,125

6,420

6,739

6,851

6,700

6,454

6,359 (1)

6,135

(1) 再計算した数

出典:ビジネス・インシュアランス誌の調査

キャプティブ・レビュー誌によると、世界中で稼働しているキャプティブの総数は、2019年度は368社の新設に対して558社の閉鎖が報告され、2019年度は正味190社、即ち約3%の減少を記録した。

閉鎖キャプティブ数 558
新規キャプティブ数 368
正味増減 -190 

 

出典:キャプティブ・レビュー誌(2020年5月 – 6月号)

この統計数字を見ると、ライフサイクルによって多くのキャプティブがその役割を終わらせるものもあれば、長期にわたるソフト・マーケットの影響で自然消滅しているキャプティブもあるが、全体的に見ると合併や規制の圧力によって、新設よりも閉鎖、ランオフ、統合等が続いているというマーケットの全体像を示していると言える。

しかし、2019年から一部の財物および賠償保険種目において料率が上り始め、キャプティブへの関心が高まっている。その後、2020年に入って新型コロナウイルス感染症は保険業界の状況を一変した。多くの種目でキャパシティの引き締め、料率の急騰、免責条項の適用等が実施されるようになった現在、多くの企業は本格的なハード・マーケットに直面しており、今まで以上に代替的リスク・ファイナンス手段を必要としている。

多くのキャプティブ・マネジャーからの報告によると、既に多くのキャプティブのフィージビリティ・スタディが世界中で行われていることから、2020年度は再びキャプティブ設立数が増加する可能性が高いと見られている。

 

ワシントン州の保険料税徴収問題

米国内では現在20を超える州がキャプティブ法を制定しているが、キャプティブ・ドミサイルではないワシントン州が、同州に本拠地を置くキャプティブの親会社に対して、キャプティブに支払う保険料に2%の保険料税を課すことを伝え、キャプティブ業界に波紋を投げかけている。

税金の滞納指摘に最初に異議を申し立てたのはワシントン州に本拠地を置くマイクロソフト社である。2018年8月にアリゾナ州に設立された同社のキャプティブのサイプレス社は、未払い税金として573,905ドルおよび罰金並びに利息分として302,915ドルをワシントン州の保険局に支払わされた。

更に2019年3月には、ワシントン州イサクアに本社を置くコストコ・ホールセール社がアリゾナ州に設立したキャプティブのNW Re社は、未払い税金および罰金として360万ドルをワシントン州に支払わされた。

また2019年12月には、ワシントン州シアトルに拠点を置くスターバックス社が所有するキャプティブに対しても、ワシントン州は2,390万ドルの未払い税金と罰金を支払うよう命じ、更に同じシアトルに拠点を置くアラスカ航空グループが所有するキャプティブに対しても、250万ドルを超える支払いを命ずるとともに、両社のキャプティブに対してワシントン州内のリスクの引き受けを止めるよう命じた。

これらの未払い税金と罰金に関して2020年後半に公聴会が開かれる予定だが、スターバックス社は2019年11月に出された保険料税の問題に関する公聴会の質問に対して「キャプティブは自家保険の一種であり、ワシントン州の保険長官の管轄には帰属せず、キャプティブはその拠点を置いているバーモント州で既に保険料税を支払っている」と主張した。アラスカ航空もまた、公聴会の質問に対して、ワシントン州の保険長官の管轄権限の範囲に関する疑問を投げかけた。

ワシントン州としては「キャプティブの利用には反対しないが、キャプティブが認可されている法的枠組みの中できちんと運営されており、保険料税もきちんと支払っていることをただ確認するだけだ」と主張している。一方、ワシントン州は、6月30日までに未払い税金を自己申告するキャプティブに対しては罰金の減額を申し受けており、これまでに16社が自己申告をした。

 

従業員福利厚生キャプティブと労働省の認可手続きの改定

キャプティブを使って従業員福利厚生プログラムのファンディングをする企業がますます増えている。キャプティブは、米国労働省から必要な認可を得られれば、1974年の連邦従業員退職所得保障法(ERISA)の対象となる生命保険や後遺障害を含む給付金のファンディングが可能となる。そうしたキャプティブは、ERISA以外にも従業員の福利厚生プログラムのためのファンディングとして活用されている。

例えば、自社の健康保険プログラムを自己資金で賄っている雇用主が、従業員全体の健康保険の合計額が一定のレベルを超えた場合に発動させるために、健康保険のストップ・ロス・カバーを民間の保険会社から購入するが、特に中小企業の雇用主にとって、民間の保険会社からストップ・ロス・カバーを購入するのは非常にコスト高となるため、自社のキャプティブにリスクの一部を引き受けさせることによってコスト・セービングを図っている。

更に雇用主は、従来の従業員福利厚生プログラム以外のリスクをキャプティブに引き受けさせようとしている。例えば一部の企業では、自社のキャプティブに団体自動車保険や団体住宅保険を引き受けさせることを検討している。更に別の活用方法として、入院している従業員に対して一時金を現金で提供するキャ​​プティブもある。

キャプティブを使って従業員福利厚生プログラムのファンディングを行うことを検討している雇用主は、米国労働省から迅速に認可が得られるように「エクスプロ」と呼ばれる手続きを活用してきた。「エクスプロ」では、特定の従業員福利厚生プログラムのファンディングをキャプティブで行うことを雇用主が取り決めてから45日以内に労働省が認可することを規定していた。

しかし、労働省は2018年9月に「エクスプロ」の利用を停止し、「エクスプロ」で申請する雇用主は、過去10年間に労働省によって認可された2つ以上の類似の承認案件または過去5年間に「エクスプロ」を通して認可された1つ以上の承認案件を引き合いに出すことが求められている。

今まで、従業員福利厚生キャプティブの申請に関して「エクスプロ」を使って労働省の認可を得てきた企業には、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド社、ダウ・コーニング社、グーグル、ハイアット・ホテル等を含み数10社あるが、「エクスプロ」が凍結された理由には、労働省がプログラム認可のための新しい要件を検討するためと考えられている。

その後、2019年8月に労働省から公示された新しい要件によると、キャプティブを使った従業員福利厚生プログラムのファンディングの認可にあたっては、同プログラムが現実的かつ実質的な追加給付金として設定され、それにより先ずプログラム参加者に給付金が支給されることを独立した第三者が書面により証明する必要がある、とされている。これに対して、従来の「エクスプロ」の規定では、雇用主は従業員がキャプティブにより恩恵を受けていることだけを証明すれば十分であり、給付金が実質的に改善されていることを証明する必要はなかった。

業界筋によると、雇用主が現行規定を使って従業員福利厚生キャプティブの認可申請をするのは自由であるとのこと。また、労働省が新しい規定を導入して、その新規定に従っていくつかの申請を認可した後、「エクスプロ」の使用を復活させるものと考えられている。

 

再保険キャパシティのタイト化

一部の大手再保険会社や中小保険会社においてキャパシティの削減が進んでいるため、キャプティブにとって再保険マーケットは厳しさを増している。比較的ロスが限定的なキャプティブは簡単に再保険カバーを見つけられるが、一旦大口ロスが発生した契約に対しては再保険を手配するのは難しくなっている。

世界の再保険マーケットの資本の額は現在6,000億ドルを超えているが、市場の統合によってキャプティブから再保険を引き受ける大手再保険会社の数は減少している。特にロイズ・シンジケートの合併と引受け停止により、ロイズのキャパシティのうち約10億4千万ドルがマーケットから消失した。更に、キャプティブからの再保険の主な引受け手であるMS Amlin PLCは、2019年に引受けキャパシティを3億2,500万ドル削減し、9つの種目から撤退した。

タイト化する再保険キャパシティは、財物と賠償責任リスクにも影響を及ぼしている。特に病院の賠償責任マーケットのタイト化により、ファースト・レイヤーのリスクをキャプティブに引き受けさせるケースが増加している。医療過誤賠償責任保険に関しては、陪審員評決と和解金の費用が急増しているため、民間の保険会社では年間通算損害額ベースでしか引き受けられない。従って、キャプティブ・オーナーは、陪審員評決額や和解額の高騰に応じて、自社のキャプティブに十分なレベルの資金をファンディングしておくことを検討する必要がある。

 

ギグエコノミー企業はARTマーケットに注目

インターネット等を使った非伝統的なビジネスモデルであるギグエコノミーのリスクは、代替的リスク移転手法(ART)に適していると考えられている。キャプティブでクレームデータを収集したり、保険証券上の文言を自由に書き変えるといった柔軟な機能を用いて、新しいリスクに合わせたカバーを開発することができる。

例えば、ロサンゼルスを拠点として2015年に設立されたハイヤーカー社は、車の所有者がライドシェア・ドライバーに車を貸せるような保険プログラムに取り組み、リスク保有グループ(RRG)やキャプティブを活用してそうした保険を作り上げることに成功した。

ハイヤーカー社が設立された時は、伝統的なレンタカー用の保険を使って保険プログラムが設計されたが、現実的なリスクとカバー内容の間にギャップがあったことから、よりカスタマイズされたカバーを開発するためにハイヤーカー社は保険証券の文言を柔軟に変えることができるリスク保有グループを活用した。

同時に、同社の技術スタッフは外部の保険専門家と協力してアンダーライティング情報を収集するためのデータベースを設計した。更にテクノロジー・プラットフォームを利用して、保険の使用量をベースとしたプログラムを組み込んで保険料を調整した。

2016年以降、引受成績は黒字化したため、プログラムは最終的に伝統的な保険会社に移管し、リスク保有グループは再保険者として参加する形を取った。

ハイヤーカー社では、2019年に損害調査費用の高騰や保険金詐欺などで物損クレームが増加したが、リスク保有グループは賠償責任リスクのみを引き受けていたため、物損クレームをより適切にコントロールするために物損リスク用のキャプティブが設立された。

こうして伝統的な保険会社と競合するインシュアテック企業は、多くの場合、保険の使用量をベースとしたカバーや、インシュアテック型キャプティブなどを使ってカスタマイズされた保険を提供することが今後予想される。


<参考文献>

ビジネス・インシュアランス誌(2020年3月号)特集レポート  – キャプティブ保険