新型コロナウイルス感染症リスクにどう立ち向かうか?

チューリッヒを拠点とする金融サービス・アドバイザリー会社のPeriStrat LLCがまとめたデータによると、世界最大の保険会社および再保険会社が公表した新型コロナウイルスによる損失見積額が2020年7月時点で202億4,550万ドルに達した。

ただし公表された損失額のほとんどは、市場損失の見積額よりもまだ低く、今後更に見積額が増える可能性が高いとの見方を示している。

PeriStratのデータによると、損失見積額の最も高いところはLloyd’s of Londonで36.5億ドル、次いでSwiss Reの25億ドル、AXAの17億ドル、Munich Reの16.6億ドル、Chubbの13.7億ドル、Zurichの7.5億ドル、Allianzの7.24億ドル、SCORの5.3億ドルとなっている。

報告されている保険会社の損失額には再保険の損失額も一部含まれているため、報告された見積額にはいくらかの重複がある可能性もある。例えばHiscox、Beazley、ARGOなど一部の保険会社はLloyd’sでも営業を行っているため、Lloyd’sの数字と一部重複している可能性がある。

またFM Globalは30億ドルの損失見積額を報告しているが、これは実際の損失額ではなく標準的な保険証券が提供している伝染病に対する補償額のリミットの合計額が約30億ドルであることを示している。

更に、最終的な市場の損失額は、事業中断保険に対する裁判所の判例に大きく左右される可能性もある。英国では、金融行為監督機構(FCA)がこの問題に関する判例を作るよう裁判所に訴えているが、まだ結果は出ていない。

一方、米国では、新型コロナウイルス感染症による事業中断保険の保険金支払いを保険会社に強制できるかどうかについて政治家が介入しているが、依然として不透明な状況にある。

こうした保険業界の危機的状況に鑑み、Lloyd’sは英国財務省と話し合いを始め、英国の大手保険会社のAvivaとRSAも共通の解決策に向けて協力して提案作りに取り組んでいる。例えば、テロリスクを専門に引き受ける再保険会社のPool Reが1993年に設立され、テロリスクに対して政府がカバーを提供しているが、それに似た仕組みを新型コロナウイルス感染症リスクに対しても構築することが検討されている。

◇◆コラム◇◆

保険の老舗であるLloyd’s of Londonでは、新型コロナウイルスに対するワクチンを途上国に安全に供給するための保険の発売を開始する。ワクチンを輸送する際の最大のリスクは温度管理であるが、途上国向けワクチンの約37%が推奨される温度を下回る温度で輸送されているというデータがある。

そこで運送保険の専門会社であるParsylはデータとテクノロジーを駆使して温度管理の必要な医療物資のサプライチェーンを守る保険をLloyd’sとともに開発した。

Parsylのデータによると、いわゆるコールドチェーンと呼ばれる低温のサプライチェーンの中にワクチンが保管される期間を12週間短縮すると、ワクチンの損傷率が半減するとのこと。例えばある国では、全損となったワクチンの48%が5%の劣悪な冷蔵保管庫によってもたらされている。

Parsylは、保険会社のAscotやAxa XL並びにブローカーのMcGill & Partnersおよび国際機関であるGavi等の支援を受け、2,500万ドルの資本を基に「シンジケート1796」と呼ばれる新たなシンジケートをLloyd’sに設置し、厳格な温度管理が必要な新型コロナウイルス用のワクチンやその他医薬品に対する運送保険を提供する。

シンジケート名に付けられた1796とは、Edward Jennerが天然痘ワクチンについて最初の実験を行った年に因んでいる。

参考文献) “Lloyd’s of London to offer Covid-19 vaccine insurance” – Financial Times, July 23, 2020

一方、米国では、保険契約者、保険会社および政府が新型コロナウイルス感染症リスクによる事業中断リスクを共同でカバーするプログラムを構築するため、2015年のテロリスク保険法(TRIA)と同様の法案を米国議会に提出している。同プログラムでは、保険契約者は一定の免責額までを支払い、保険会社は前年度の保険料の5%相当額までの損失をカバーする。更に政府は、全ての損失に対して7,500億ドルを限度として残りの95%を支払うというものである。

更にフランスでは、1982年に設立された自然災害保険制度がモデルとして検討されている。同制度では、全ての保険契約者から少額の保険料を一律で徴収し、それを自然災害保険の保険料として政府と民間保険会社の間で等分し、災害発生時には民間保険会社が先に支払い、その後政府が介入することとなっているが、政府の介入が入る前に約45億ユーロが支払われることとなっている。フランス政府および保険業界は、こうした制度を参考にして将来パンデミック・リスクに対してどのようなカバーを提供できるかにつき検討が進められている。

世界銀行においても、新型コロナウイルスのような感染症リスクの初期段階において貧しい国々を救うために2017年に発行された3.2億ドルのパンデミック・ボンドがあるが、同ボンドは今年5月にようやく支払い条件が整い1.96億ドルの支払いが始まろうとしているが、64カ国に分割されるため1カ国当たり平均300万ドルにしかならず、今後この種のボンドの支払条件や金額面ではまだまだ改善の余地があると言える。

こうした状況の中で、個々の企業の自助努力による新型コロナウイルス感染症リスクへの対応策の一つとして、キャプティブを使った独自保険を開発する動きがある。

例えば、ウインブルドン・テニストーナメントを主催する全英ローンテニスクラブ(AELTC)は、過去17年の間、毎年200万ドルの保険料を支払ってかけていたパンデミック保険のおかげで、1945年の第二次世界大戦以来初めてキャンセルされることとなったウインブルドン・テニストーナメントの中止による損失額約3.1億ドルのほぼ半分近い1.41億ドルを取り戻すことができた。

こうしたイベントのキャンセル保険は通常火災や洪水、ハリケーンまたは吹雪などの自然災害によるキャンセルをカバーすることが多いが、その他の不可抗力(Force Majeure)事象として、例えば女王の死亡、テロの発生または今回のような世界的なパンデミックにより中止せざるを得ない場合に対するカバーも含めることができる。

一方、キャプティブが提供するカバーは、企業が事業を行う上で発生する可能性のある損失に対応するために独自で設計できるため、企業自身の財産の損失または損害に起因する事業中断(Business Interruption = BI)リスクに加えて、偶発的な事業中断(Contingent Business Interruption = CBI)リスクを含めることができる。CBIとは、例えば製品の生産またはサービスの提供に影響を与える第三者のサプライヤーや電力インフラ等が事業中断したことに伴う企業の収益機会の損失をカバーするもので、加えて従業員の給与、家賃、その他の継続的な費用もカバーすることができる。

更に新型コロナウイルス感染症リスクに関するBIおよびCBIの損失をキャプティブを使って処理することにより、元受保険市場よりも柔軟な再保険市場にアクセスして費用対効果の高い方法でキャパシティーを確保するとともに、単年度ベースでは偶発的に発生する巨大損失リスクを長期的に平準化させることで財務を安定化させるという効果も期待できる。

そうした意味で、新型コロナウイルス感染症による大規模な事業中断リスクに直面している企業や、厳格な元受保険市場によるカバーの縮小に直面している企業は、キャプティブを使った解決方法に関して専門的な助言ができる経験豊富なキャプティブ・コンサルタントや税務顧問に相談をすることが重要であろう。


参考文献

  • “Reinsurers’ public COVID-19 losses reach $20.2bn: PeriStrat” – Reinsurance News, July 27, 2020
  • “Designing insurance for the next pandemic” – The Big Read Insurance, June 9, 2020
  • “Captive Insurance Opportunities and Solutions Post-Covid-19” – Morgan, Lewis & Bockius LLP, May 21, 2020
  • “Wimbledon’s organizers set for a $141 million payout after taking out pandemic insurance” – Forbes, April 9, 2020