2021年世界のキャプティブ保険市場概観(その1)
1. 2021年度のキャプティブ保険市場の概況
2021年度は、保険料水準の高騰や補償条件の厳格化などハード化する保険市場に代わる解決策を企業が追い求めてきた結果、新規キャプティブの設立や既存キャプティブの利用の増加が見られた年であった。2020年から2021年にかけて新規キャプティブ数が飛躍的に増えたドミサイルもいくつか見られ、代替的リスク移転手法(ART)に対する関心がまだまだ薄れていないことが証明された。
専門家によると、財物保険の一部やサイバー保険など入手が困難なカバーをキャプティブを活用して手配する例が益々増えているとのこと。またD&O保険(会社役員賠償責任保険)の料率が上昇し続ける中、キャプティブによるカバーの確保を検討する企業も増えており、最近のデラウェア州における法律改正がその傾向を加速させる可能性が高いと言われている(後述記事参照)。
一般の保険市場における保険料水準の高騰、すなわち保険市場のハード化がキャプティブ市場の成長の主な原動力となっており、企業はより迅速な解決策を求めてキャプティブ設立を検討するようになっている。具体的には、先ず大手企業が保険料水準の高騰の影響を抑えるために自社の既存キャプティブの保有額を増加させ、更に保険市場全体に保険料水準の高騰が広がるにつれてより多くの中堅企業がセルやグループ・キャプティブの設立を検討する動きが広がっている。 多くの中堅企業が厳しい更改交渉に直面してこうしたキャプティブの検討についての迅速な対応をする必要に迫られているが、ピュア・キャプティブの設立には通常約 6ヶ月かかる一方、セルの設立は30日程度でできるためセルの設立が増えているものと思われる。
2. サイバーリスク
キャプティブを使ったサイバーリスクの引受に対する関心が高まっている要因としては、一般の保険市場におけるサイバー保険料の高騰による面もあるが、一般のサイバー保険では高額な免責が要件とされることも原因のひとつとなっている。
サイバーリスクをキャプティブで引受けることは企業のリスクマネジメント・プロセスを制度化することにも役立つ。すなわち、企業にとっては、サイバー保険で要件とされる高額な免責金額以下の損害を自社保有で吸収するよりも、自社キャプティブで当該免責金額部分のリスクを引受けることによってクレーム処理を「見える化」してシステマティックに処理することが、企業内のリスクマネジメント・プロセスの制度化に繋がると考えられるのである。 さらに企業の間では、同様の手法を医療過誤賠償責任保険やD&O保険、または比較的ロス履歴が良好な物流保険等にも導入することへの関心が高まっている。
3. デラウェア州の会社法改正によるD&O保険キャプティブ引受への関心の高まり
一般の保険市場が4 年前よりハード化し始めて以来、会社役員賠償責任保険(D&O保険)の保険料の上昇率が過去最高の水準を記録したことから、キャプティブを利用したD&Oリスクのカバーの確保手法への関心が高まっている。この関心の高まりは、最近デラウェア州の会社法改正で、D&O保険のサイドA(注1)のリスクに対してキャプティブがカバーを提供できることが明確化されたことによる。
従来、デラウェア州他米国のほとんどの州では、会社役員の不正行為を訴える株主代表訴訟に対して会社が取締役および役員を補償することは認められていなかったため、その代わりに企業はそうした訴訟リスクから取締役や役員を保護するために、そうしたリスクを補償するサイドAカバー付のD&O保険を保険会社から購入していた。
今回のデラウェア州の会社法改正のポイントは、どのドミサイルのキャプティブであっても、デラウェア州所在の企業に対してD&O保険のサイドAカバーを提供することができることを認めた点である。なお、米国の上場企業の 50%以上の法人登記はデラウェア州で行われているため、この改正は企業のD&O保険カバーの調達に大きなインパクトを与えるものとなった。
既に既存の保険会社からのサイドAカバーの購入が困難となっていた一部の企業は、セル・キャプティブを利用してD&O保険のサイドAカバーを確保していた。これは自社キャプティブによるD&O保険の引受よりも、セル・キャプティブを使った方がより保険引受の公正性を確保できるのでは、という見方があるためだが、実際にはセルを利用してサイドAをカバーすることがより公正か否かについては、今のところ裁判所で明確な判決が出されたケースはない。
これまでD&OのサイドAカバーは、キャプティブへの投入は困難なリスクだと言われてきたため、デラウェア州の法改正が多くの関心を集めることは間違いないが、キャプティブ業界ではまだ本件の妥当性の検証が不十分であり課題も多いのではといった反応が多い。例えば、会社と独立した関係にある取締役にとっては、一般の保険会社と比較してキャプティブは長期的安定性についての懸念があるため、キャプティブを使ったサイドAカバー購入について疑問を持つ可能性がある。更に、キャプティブがデラウェア州に設立されたとしても、当該取締役の企業本体が他の州にある場合は、どちらの州の法律が適用されるのかという疑問も残る。
(注1)D&O保険の約款は通常3つのカバーで構成されている。即ち、サイドA カバー、サイドBカバーおよびサイドCカバーである。サイドAカバーは、取締役および役員個人が株主から損害賠償を請求されたことにより被る損害をてん補するものであり、取締役および役員個人のためのカバーであるのに対して、サイドBカバーは、取締役および役員の賠償責任について会社が補償した場合に、会社の負担に対して保険金を支払うものであり、会社補償に対する保険カバーである。一方、サイドCカバーは、連邦証券法違反などを理由として投資家より提起される証券訴訟において、会社自身が被告とされて損害賠償責任を負う場合に会社の損害をてん補するものである。(出典:内藤和美「D&O保険とコーポレート・ガバナンス」損害保険研究76巻4号、2015年)
4. 一部のキャプティブの退潮傾向
キャプティブ市場において現在キャプティブの新規設立が伸び悩んでいる分野のひとつに、マイクロキャプティブ(別名831(b)キャプティブ)がある。米国歳入庁(IRS)は831(b)キャプティブの所有者に対して、保険としての税務上の適格性がないことを主張した4 回の訴訟で勝訴する一方、米国歳入法831条b項の濫用を防ぐために税務当局の人員を増やしていることを発表した。831(b)キャプティブはここ最近殆ど設立されておらず、既存の831(b)キャプティブも一部はその使用を取り止める動きも見られる。キャプティブ業界としては831(b)キャプティブの正しい使用を推奨しているものの、依然として831(b)キャプティブの濫用は無くなっていない。
昨年発生したもうひとつのキャプティブにとってのマイナス要因は、ワシントン州で州内に所在するリスクを引受けるキャプティブに対して2%の保険料税が課される法案が可決したことである。キャプティブ業界はワシントン州のこうした動きが他の州にも波及することを懸念しているが、この動きはキャプティブ市場全体にはまだ大きな影響を与えていない。
5. キャプティブによるデータ分析
リスクをキャプティブに移転する際のデータ分析の重要性はますます大きくなっているため、キャプティブ市場においては今後データの利用が増えることが予想されている。例えば一般の保険市場で得られるものより広い補償範囲を持ったサイバーリスクやパンデミックリスクの保険を調達するにあたり、リスクマネジャーはデータを活用した客観的なリスク評価を行うことにより、一般の保険会社が提供しない補償内容をキャプティブに引き受けさせることでキャプティブの活用を正当化させている。
すなわち、キャプティブを活用して企業の環境、社会およびガバナンスのリスクを管理すること、すなわち企業のESG (環境・社会・ガバナンス)戦略を強化しようとする動きが今後拡大する可能性がある。
これにより、企業がリスクを自社のバランスシート内に保有するよりも、キャプティブという独自の取締役会を持って規制当局の監督下でリスクを保有する別法人に保有させることによって、当該リスクについてのより優れたガバナンスを発揮できることが期待される。
6. 保険の選択肢の限定傾向とキャプティブ利用の一層の拡大
過去数年間、一般の保険市場の環境が厳しくなる中で、キャプティブの利用は大幅に拡大しつつある。特に一般の保険では免責とされているリスクをカバーするためのキャプティブ利用はますます増えている。また過去の保険金支払履歴が少なく保険収支が良好な企業は、そうでない企業に比べてより多くの賠償責任保険のカバーをキャプティブに引受けさせている。
更にサイバーや財物保険等の大規模なリスクに対して一般の保険市場の保険料水準の高騰や補償条件の厳格化が進む中で、キャプティブを持つ企業は今までキャプティブでは引受けできないとされていたリスクの投入を検討している。例えば自然災害リスクは伝統的にキャプティブに投入すべきでないリスクと考えられてきたが、近年は一般の保険市場が極度にハード化する中で自然災害リスクもキャプティブに投入する必要があると考えられるようになった。
一方、保険料が高騰している保険種目の場合、キャプティブによる引受がより合理的な選択肢となる可能性がある。例えば500 万ドルの補償支払限度額を持つ保険プログラムの毎年の保険料が50万ドルである場合、当該プログラムをキャプティブに引受けさせて長期にわたり50万ドルの保険料をキャプティブに支払続けることにより、10数年後には補償支払限度額の500万ドルを上回る額の留保利益をキャプティブに蓄積することができると考える保険契約者も存在する。ある機械メーカーでは、キャプティブを利用して取引信用保険のリスクを引き受けさせることによって、同社商品の購入顧客の不払リスクから企業を保護することができた。ゼネラル・モーターズ社は1981 年にバミューダでキャプティブを設立して以来数多くのリスクを投入してきたが、自然災害によるディーラーの在庫損失が増加するにつれて自然災害リスクを補償する保険をキャプティブで引き受けるようになった。
7. セル・キャプティブによる非伝統リスクの引受が企業に提供するオプション
セル・キャプティブは、非伝統的なリスクについての保険引受の仕組みを提供することで多くの企業から注目を集めて驚異的な成長を遂げている。企業はセル・キャプティブに一般の保険会社が通常引受けない財物リスクを引受けさせたり、再保険市場にアクセスして一般の保険会社からは得られない補償を調達するためにセル・キャプティブを利用している。2020 年から 2021 年にかけてレンタキャプティブが提供するセルの数は大幅に増加した。中でもD&O保険のサイドAリスクを補償するセルの数が急増している。
更に、保険会社が保険の証券化商品を組成するためにセルを利用している例もある。
また、セルを設立するそれ以外の主な動機のひとつとして、セル所有企業以外の第三者のリスクを引き受けて利益を創出するというものがある。米国キャノンはプリンターやスキャナーなどの大型機器のリース事業の顧客(=第三者)にリースする機器の損害のリスクに対する補償を得るために保護セル・キャプティブを当初選択したが、リースした機器の損害率が非常に低く保険収益が一定期待できることがわかったため、同社は保険会社とのフロンティング契約を通じて第三者リスクの一部を出再させることにより保護セル・キャプティブで利益を確保するという選択をしている。米国キャノンは、昨年医療保険のストップ・ロス・カバー(一定累積額以上の損害が期間内に発生した場合、その一定累積額を超える損害を補償する仕組)を自社キャプティブに追加し、現在は従業員福利厚生プログラムや生命保険など他のリスクを投入することを検討している。
今後も一般の保険市場では多くの種目において料率が上昇し続け、高い保険料水準が持続するものと予想されるため、2021 年よりも2022 年は更に多くのキャプティブが設立される傾向が続くものと予想される。
<参考文献> ビジネス・インシュアランス誌(2022年3月号)特集レポート – キャプティブ保険
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