2022年世界のキャプティブ保険市場概観(その1)
この記事は、2023年3月のビジネス・インシュアランス誌(Business Insurance)記事「2023年キャプティブ保険〜特別レポート〜」の記事をもとに、フォーサイトリスクマネジメント株式会社が独自にまとめたものです。
1. 2022年度キャプティブ保険市場の概況
企業の間でのキャプティブ設立への関心の高まりや、既存キャプティブの利用拡大は昨年から見られたが、2023年もこの傾向は続く見込みである。
財物保険やサイバー保険の料率は過去2年間で高騰し、保険会社も引受けを抑制しつつあるため、企業はそうした事態に対応するためにキャプティブの利用を増やしつつある。
あるキャプティブマネジャーによると、企業は保険の免責部分をカバーするためにキャプティブを利用するだけでなく、保険で手配可能な補償限度額で不足する補償を確保するためにもキャプティブを利用するケースが増えているという。
企業によるキャプティブの活用は業種、リスクおよびドミサイルにかかわらずすべからく増加傾向にあるが、その理由は、従来の保険市場が根本的に変化しつつあり、従来引き受けていたリスクの引受を抑制しようという傾向が進んだ結果、企業によるキャプティブを活用したリスクの保有が促進され、従来保険市場が引き受けていた保険料がキャプティブに流れる結果になったためだと見られる。
このため、財物保険料水準の高騰によるキャプティブの利用や、一般の保険市場で確保困難なカバーを獲得するためのキャプティブの活用が増えている。ある保険契約者は山火事による損失リスクをカバーするためにキャプティブを設立し、その引受能力を担保するために格付けも取得したと言う。 また一方では、財物保険の免責金額を保険会社が引き上げたため、免責の増額部分を補償するためにキャプティブを活用したり、保険料水準の高騰で高額なリミットが購入できないため、保険市場で購入可能なリミットと希望する高額リミットとの差額の補償を確保するためにキャプティブを活用したりする例もある。
こうして活用されるキャプティブは、台風や洪水等の自然災害リスクのカバーに特化したものではなく、あらゆる種類のリスクに対応するものが通常である。更に企業はキャプティブを免責部分の引受けだけでなく、プログラム全体の比例再保険での引受けや、プログラムの上位レイヤー部分の引受けなどにも活用している。 こうして企業は、既存のキャプティブにはその剰余金を活用してより多くのリスクを引き受けさせたり、新規キャプティブを設立する場合は資本の有効な活用により、通常の保険手配で必要となる法外なコストをできるだけ削減させようとしている。
2.サイバーリスク
財物保険の他にキャプティブの活用が増えているもうひとつの分野がサイバー保険である。サイバー保険の料率水準は過去 2 年間で50% 以上上昇したと言われており、これによりこの分野におけるキャプティブの活用が加速度的に進んでいる。
この分野での具体的なキャプティブ活用の一例としては、まずキャプティブに保険会社が提供するサイバー保険の免責部分(プライマリー・レイヤー)のカバーを提供させ、更にその上のエクセス・レイヤーのカバー調達にあたり、いくつかの保険会社が提供するキャパシティでは親会社が求めるカバーリミットに足りない場合、その不足部分の引受けに再びキャプティブが使用される、というケースがある。 高額リミットのサイバー保険手配のために複数の保険会社を利用する企業の場合、一部の保険会社が引受除外しているカバー、例えばランサムウェアに対するカバーの穴を埋めるために自社キャプティブを利用するケースもある。この場合、自社キャプティブで一旦すべてのカバーを引き受けた後、ランサムウェアに関するカバーを除く部分を再保険会社に出再することによって、残ったランサムウェアリスクをキャプティブにカバーさせる方法である。
3.賠償責任保険等の新種保険
2022年度の新種保険分野の料率水準引上げ幅は比較的穏やかなものだったが、保険料水準自体は依然高水準に留まっていたため、キャプティブ保有企業の間ではこれらのリスクについてもキャプティブにより多く保有させることによって総リスクコストを削減させようとする傾向がみられた。
例えば自動車保険は依然として企業向け自動車保険の保険料水準や引受キャパシティについて厳しいマーケット状況にあるため、自動車賠償責任リスクのカバーを確保するためにキャプティブを利用する企業も増えている。また従業員向けの生命保険、任意の福利厚生プランや自家保険の健康保険制度で従業員医療補償を運営している企業向け医療費ストップ・ロス保険などは再保険カバーの手配が近年困難になっていることから、この分野でもキャプティブの活用が進んでいる。
一方、キャプティブはサプライチェーン関連リスクの保険カバーのリミットの上位のレイヤー部分を引き受けたり、ベンダーやサプライヤーに対する補償を提供したりするなど、サプライチェーンリスクのカバーを強化充実するためにも利用されている。
また一部の企業は取締役や執行役員のD&O(会社役員賠償責任保険)リスクをカバーするためにキャプティブを活用することも検討している。
一部の州には企業によるD&Oリスクの自社キャプティブによる引受を禁じる法律があるが、昨年デラウェア州では会社法の改正により同州所在の企業はD&O保険のサイドAカバー(注1)を自社のキャプティブから購入できるようになった。ちなみに米国の上場企業の 50% 以上はデラウェア州で法人登記されているためこの影響は大きいと見られている。
しかしデラウェア州の改正会社法施行は大きな関心を呼んだものの、それ以降D&O保険の保険料率が大幅に低下していることから、多くの企業がD&O保険の調達先として従来の保険会社から自社キャプティブへの移行を思い留まっていると見る向きもある。その理由としては、会社が自社キャプティブ内にD&Oのリスクを抱えたままにしておくと、重大な損失が発生した場合に株主からさらなる賠償請求を受ける可能性があるためである。 一方、対象となる取締役や執行役員から適度な距離を保ってD&Oリスクを引き受けるキャプティブを持ちたいと希望する企業のために、デラウェア州でD&Oリスク引受専門の保護セル・キャプティブが設立されたという例もある。
(注1)D&O保険の約款は通常3つのカバー(即ちサイドA、サイドBおよびサイドCカバー)で構成されており、サイドAカバーとは取締役および役員個人が株主から損害賠償を請求されたことにより被る損害をてん補するものである。(内藤和美「D&O保険とコーポレート・ガバナンス」損害保険研究76巻4号2015年より引用) |
4.オンショア/オフショア・ドミサイル
過去 20 年間で米国内のオンショア・ドミサイル(つまり米国国内州のドミサイル)にキャプティブを設立する企業は引き続き増加傾向にある。特に自社キャプティブから調達する保険に保険料税が課せられる可能性を最小限に抑えるために、自社の本拠地のある州でキャプティブを設立するケースが増えている。一部の州では州内で認可のない保険会社が引き受ける保険に対して保険料税を課している例もある。
国際的に事業展開をしていない米国企業がキャプティブを設立する場合、海外ドミサイルを選択すると海外の法規制対応でコストが高くつく可能性があることから、オフショア・ドミサイルを選択する理由がほとんどないケースが多い。
ただしキャプティブ数が減少しているオフショア・ドミサイルがある一方で、キャプティブの引受保険料が大幅に増加しているオフショア・ドミサイルもある。 例えば生命保険契約の引受けが行われているバミューダなどのオフショア・ドミサイルでは保険料が大幅に増加している。
5.再保険市場のハード化
一般の保険会社と同様、キャプティブ保険会社も金利の急激な上昇やキャパシティの縮小によってますます厳しくなる再保険市場の問題に直面している。そうした再保険市場のハード化の影響を緩和するために、キャプティブはより多くの再保険会社を利用して様々な手法を活用する必要があると専門家は指摘している。
再保険市場は過去1年間で多額の損失を被っており、そのことがキャプティブを含む元受保険市場のハード化にもつながっている。バミューダの再保険市場では自然災害リスクに対する再保険料率が、今年の更改時期で30%も上昇し、再々保険料率は50%も上昇した。 こうした厳しい再保険市場において、キャプティブは従来より多くの再保険取引先を確保することによって、再保険キャパシティを確保する必要性が生じている。
更に再保険市場の逼迫により複数の種目をカバーする統合型ストップロス再保険などより複雑な構造の再保険に対するキャパシティも減少しているとの指摘もある。こうした分野では、従来なら単一の再保険会社から調達できていたキャパシティ(例えば3,000万ドルのリミット)が、複数の再保険会社から調達しなくてはならないような状況(例えば1,500万ドルのリミットを2社から調達など)も見られるとのことだ。 キャプティブはこうした困難な再保険市場の状況を乗り切るためにさまざまな手法を駆使することを求められており、例えば引受けを開始したばかりのキャプティブでは引受保険料の伸びに応じて年間再保険料を分割払いや半年ごとに調整できるよう工夫したり、リミットについても過大な額を見直して現実的な水準でリミットを設定することなどで対応せざるを得ない状況になっているという専門家の見方もある。
フォーサイトグループでは、キャプティブ設立をご検討されている企業の皆様、および既にキャプティブを所有されている企業の皆様向けに、豊富な経験と高度なプロフェッショナル・スキルを備えた専任スタッフが、キャプティブの設立から運営・活用に至るまでの様々なコンサルティングおよびサポート・サービスを提供しております。キャプティブに関する様々なご相談については、是非弊社にご連絡下さい。