新たなリスクに対するキャプティブ資本の活用
この記事は、2023年2月3日付のキャプティブ・レビュー誌(Captive Review)記事「2023年バミューダ・レポート」の記事をもとに、フォーサイトリスクマネジメント株式会社が独自にまとめたものです。
バミューダ本社の、保険に関する専門かつ技術的サービス提供会社であるデイヴィーズグループのキャプティブマネジメント部門の社長であるニック・フロスト氏とキャプティブ担当上級副社長であるオセアナ・イェーツ氏が、バミューダおよびグローバルマーケットの現状およびリスクマネジメントの新たなトレンドについて語る。
ここ数年は記憶する限りキャプティブビジネスにとって最も忙しい年のひとつとなった。新型コロナの感染拡大により保険会社の引受姿勢が厳しくなる中で、リスクマネジメントの担当者にとってキャプティブが新種のリスクにどのように対処できるかを模索する年となったためだ。国際ブローカーのマーシュ社が最近行った市場調査によると、2020 年に新たに設立されたキャプティブ保険会社の数は前年に比べてほぼ倍増したという。
企業が既にキャプティブを所有しているか否かにかかわらず、キャプティブとして引受を検討すべき保険の種類は拡大している。
デイヴィーズグループのニック・フロスト氏は次のように語っている。「既にキャプティブを所有している企業は直ちに新種のリスクをカバーする保険の検討を始められるので非常に有利ですが、まだキャプティブを所有していない企業は、こうした新種リスクのキャプティブ引受を前提とした場合、キャプティブ設立までに時間がかかるためかなり不利になる可能性があります。」
経済の減速と投資収益の減少のダブルパンチで企業の事業収益が減少する中で、医療過誤賠償責任保険や自動車保険、長期介護医療保険などの保険を引き受けている保険会社はそれらの分野から撤退しつつある。そうした状況下で保険料は上昇し続け、再び下降する兆候は殆ど見られない。
こうした現象は世界中で発生し、従来キャプティブの設立に熱心であったコアマーケット以外の日本、オーストラリア、メキシコ、コロンビア、チリ、ペルーなどの地域でも企業の関心を集めつつある。 「多くの企業がキャプティブ保険会社の設立を検討しており、既にキャプティブを所有している企業の多くは、更に多くのリスクをキャプティブに投入しようとしています」とフロスト氏は指摘する。「キャプティブはもはや大企業だけのものではなく、中小企業もキャプティブを設立し、あらゆる種類のリスクを移転しようとしています。というのも現在ほとんどの保険種目についての保険会社の価格水準が非常にハード化(高騰)しているためです。」
拡大するマーケット
デイヴィーズキャプティブマネジメント社が近年最も関心をもって注目している分野のひとつとして、フロスト氏はサイバーセキュリティリスクを挙げており、サイバー攻撃の蔓延に伴い、あらゆる業界の企業がハッキングやその他のオンライン犯罪から身を守ろうとしていることを指摘している。「誰もがサイバーセキュリティを必要としており、多くの企業がそれをキャプティブに投入しようとしています。」更に同氏は「アプローチ次第では、企業は必要なコストを支払うだけでこうしたリスクに対応することが可能です」と語る。
キャプティブを通じてサイバーリスクを処理することによって、より高価なのにニーズに柔軟に対応できない既存の保険を選択することなく、企業の特定のニーズに合わせて条件を調整できる柔軟な補償を得ることができる。 これに関連し、ビットコインやその他の仮想通貨を大量に保有している企業がキャプティブを通じてそれらの資産の盗難による損害に対する補償を確保しようとしている、とフロスト氏は言う。同氏によると、多くの企業は財物資産の自家保険化にも積極的に取り組んでいるとのことで、老人ホームの運営企業の例を挙げ、ヘルスケア業界の企業が財物保険をキャプティブに投入しようとしているとのことである。同氏によると「5、6年前ならこんなことは決して起こらなかったでしょう」とのことで、キャプティブを使った革新的なアプローチへの急速な転換が進んでいることを強調した。
人材関連リスク
会社役員に対する規制が急増して世間の監視が強化されるにつれて、会社役員賠償責任保険(D&O保険)の保険料水準が一部のマーケットで非常に高額となり、経営幹部や取締役会のメンバーに対する新たなリスクが増大している。それと同時にD&O保険を引受ける保険会社の数も大幅に減少したことも保険料コストの更なる上昇につながっている。
その結果、一部の企業ではキャプティブを利用して自社の役員を訴訟リスクから保護しようとし始めている。企業の長期戦略に関するリスクであるD&Oリスクは、キャプティブの活用でより柔軟かつ企業ニーズに合った補償を提供できることを考えると、明らかにキャプティブで引き受けるべきリスクとなる。 企業にとってもう一つの長期的な課題は人材の定着である。多くの企業が従業員に提供できる福利厚生制度の改善を目指していると、デイヴィーズグループのキャプティブ担当上級副社長であるオセアナ・イェーツ氏は語る。一部の企業ではキャプティブを通じて個人向け保険商品を提供することを検討している。「企業はスタッフに提供する保険商品を保険会社にアウトソースして実質的に他人任せにするよりも、自ら前面に立って管理することを指向する傾向にあります」とイェーツ氏は指摘する。「こうした手法はかなり前から続いていますが、最近さらに関心が高まってきています。」
革新的なアプローチ
企業がキャプティブを利用する目的は、社内の保険に対するニーズを解決するためだけではない。 革新的な企業は、自社グループに直接属さない外部の企業にも保険サービスを提供し始めている。
最もわかりやすい例は製品保証である。携帯電話の販売店や自動車販売店、電化製品販売店などは多くの場合、製品保証や製品に固有の保険を顧客に提供している。これらの商品はキャプティブによって引受けられることが増えており、小売業者は保険の販売利益だけでなく、保険リスクに対する引当金の恩恵を受けることができる。
更に自社事業のサプライヤーに保険サービスを提供している企業もある。こうした保険の提供によって、企業はサプライチェーンの中でリスクが適切に管理されているという安心を得られるだけでなく、サプライヤー企業との長期的な関係の改善が実現できるとフロスト氏は指摘する。
今後数年間で最も大きな革新が起こる可能性の高い分野としては、環境、社会およびガバナンス に関するいわゆるESG分野だとイェーツ氏は考える。
「ESGリスクをキャプティブに投入することについては多くの議論があります」と同氏は指摘する。「これは現在まだ概論レベルの話で、当社の顧客がキャプティブを通して特定のESGリスクを引受けている例はまだ見たことがないですが、今はまだ人々がこうしたリスクがキャプティブ引受にどのように適合するかを理解しようとしている段階であり、いわば5〜6年前のサイバー保険とキャプティブの状況に似ています。」
ESG分野を研究している人々は、キャプティブが企業のESGプログラムをどのようにサポートできるかを検討しようとしているが、イェーツ氏の意見では、それはリスクマネジメントプログラムへの資金の提供や特定の保険分野への補償の提供といった形を取る可能性が高いとのことである。
また、ESG分野のリスクマネジメントに関連して、将来新型コロナ規模の感染症がより定期的に発生することが予想される。そのため 将来キャプティブが、感染症保険やそれに類するリスクのマネジメントに関連するESG分野での役割を果たす可能性が高いとイェーツ氏は解説する。 「キャプティブを所有する企業は、長期的なリスクマネジメント戦略の一環としてキャプティブを活用することが可能です」と同氏は指摘する。「既に一部のキャプティブ保有企業はそのような戦略立案へのキャプティブ活用法を検討しており、このアプローチは今後数年間で主流になると思われます。」
自社にとってキャプティブは適しているか?
自社のより広範なリスクマネジメントプログラムの一環としてキャプティブを検討する場合、いくつか考慮すべきポイントがあるが、その一つに自社のガバナンスシステムにおけるしっかりとした計画と相当の投資が必要となる点がある。
この点に関してフロスト氏は次のように説明する。「キャプティブ設立にあたってはしっかりとした事業計画とキャプティブを支えるための資本金が必要です。一方キャプティブは保険会社としての規制を受けるため、それを念頭に入れた資本金の設定が必要であり、保険料を削減させるためだけの近道と考えるべきではありません。キャプティブは戦略的に利用すべき長期的リスクマネジメントツールであり、それがキャプティブが真に企業にとって意義を発揮するポイントなのです。」
キャプティブの設立によって企業は保険マーケットの変動による影響に備えることができる。戦略的に重要なビジネスに関するリスクをカバーするための保険料コストが高騰した場合、キャプティブの活用で保険料が削減できるだけでなく、会社のニーズに合ったよりカスタマイズされた保険商品の開発を可能とする魅力的なツールとなりうる。 「キャプティブは企業の哲学をサポートするものであるべきです」とイェーツ氏は締め括る。「それは一回限りのリスクに対応するためだけのものではなく、持続的ツールとなり、保険マーケットがハード化したときに柔軟に対応できる力を与えてくれるものなのです。」
ニック・フロスト氏
ニック・フロスト氏はデイヴィーズキャプティブマネジメント社の社長であり、バミューダの保険業界で 33 年以上の実務経験を持つ。同氏の現在の役割は、グループキャプティブ、ピュアキャプティブ、アソシエーションキャプティブ等を含む150社を超えるキャプティブおよびレンタキャプティブプログラムのマネジメントを監督することであり、多くのキャプティブの取締役も務めている。またバミューダ保険管理者協会の理事会メンバーであり、更にイングランドおよびウェールズの勅許会計士協会のメンバーでもある。
オセアナ・イェーツ氏
オセアナ・イェーツ氏はデイヴィーズキャプティブマネジメント社の上級副社長であり、バミューダの保険業界で 20 年以上の実務経験がある。カナダの勅許会計士協会およびバミューダのキャプティブ関連団体であるBDAキャプティブフォーカスのメンバーであり、キャプティブ業界の会議等で定期的に講演を行っている。同氏の現在の役割は、クラス1、2、3および3Aのキャプティブ約20社とセルキャプティブのセルの管理を日常業務として行うと同時に監督もしている。デイヴィーズ社は、主にバミューダで事業を展開する大手独立系のキャプティブおよびレンタキャプティブマネージャーの一つである。
本ニュースレター中に登場したデイヴィーズキャプティブマネジメント社のニック・フロスト氏およびオセアナ・イェ―ツ氏は、弊社(フォーサイトリスクマネジメント社)とも長年取引関係にあるバミューダでのキャプティブの専門家です。本記事に関してご質問等がございましたら、弊社より執筆者に直接問い合わせることも可能ですので、是非コメント等をお寄せ頂ければ幸いです。
フォーサイトグループでは、キャプティブ設立をご検討されている企業の皆様、および既にキャプティブを所有されている企業の皆様向けに、豊富な経験と高度なプロフェッショナル・スキルを備えた専任スタッフが、キャプティブの設立から運営・活用に至るまでの様々なコンサルティングおよびサポート・サービスを提供しております。キャプティブに関する様々なご相談については、是非弊社にご連絡下さい。