2020年開催のヨーロッパ、シンガポールおよびミクロネシアのキャプティブ・セミナー開催レポート
前回のニューズレターで2020年10月に開催されたHCIC(ハワイ州キャプティブ保険協会)のウェブセミナーについてレポートしたのに続き、今回のニューズレターでは2020年11月に相次いでオンラインで開催された以下の3つのキャプティブに関するセミナーの様子をレポートする。
11月4日に開催されたヨーロッパ・キャプティブ・フォーラム
11月9日~13日の期間で開催されたPARIMA(シンガポール)コンフェレンス
11月18日に開催されたミクロネシア連邦キャプティブ・セミナー
1. ヨーロッパ・キャプティブ・フォーラム(11月4日)
去る11月4日に、欧州キャプティブ保険・再保険オーナー協会(ECIROA)およびキャプティブ保険会社協会(CICA)の主催により、ヨーロッパ・キャプティブ・フォーラムがウェビナー形式で開催された。今回のセッションは損保に関するテーマで行われ、次回は生保に関するテーマで今年の6月16日~17日にかけてルクセンブルグで開催される予定。今回のセッションでは、新型コロナ感染症によって保険市場がハード化している中で、キャプティブの役割が益々重要になっている状況について話し合われた。セッションへの参加登録は400名を超え、うち180名がリスクマネジャーおよびキャプティブのオーナーであった。セッションの模様を以下に紹介する。
最初に、米国および世界中で50年以上にわたりキャプティブ業界をサポートしてきた協会団体のCICA議長であるDan Towle氏より次のようなオープニング・ステートメントがあった。「キャプティブは規制当局や大手メディアによってしばしば誤解される局面があるが、保険市場が不安定になっている現在においては、リスクをコントロールして安定したカバーを手に入れるために重要な役割を果たしている。また、キャプティブを有効に利用することによって、企業はクレームを減らし職場環境を改善するリスクマネジメントに必要な基盤を築くとともに、通常の保険市場では入手困難な営業継続保険やパンデミック・カバーなどを入手できるようになるだろう。」
次に、Swiss Re Corporate SolutionsのCEOであるAndreas Berger氏による、無形資産に対するこれからのリスクマネジメントの在り方について以下のプレゼンがなされた。「1975年頃には、S&P 500社の市場価値の約17%がいわゆる無形資産であったが、2015年までに同金額は20兆ドルとなり、割合は84%にまで増加した。現在その割合は90%以上に上る。昔は建物、船、倉庫、商品等の有形資産に保険をかけていたが、現在は知財やネットワーク、データや評判などの無形資産が企業の重要な財産となっている。リスクマネジャーはこれら無形資産の保険について検討する必要が出てきた。新型コロナの感染拡大により経済は停滞し、G7各国のGDPは6%~12%の下落が見込まれる中、世界のエクスポージャーの76%が自然災害に対してカバーできていない。企業側では不確定リスクが増える一方、保険料予算の手当が間に合わず、保険業界側ではリスクに対して十分な保険料が取れずROEが達成できない状態にある。こうした中で代替的なソリューションとして、パラメトリック・カバーやキャプティブによるマルチイヤー・ソリューション等が注目されている。今までのように保険市場で安定的な保険料でカバーを維持することが見込めない中、キャプティブがより重要になってきている。フォーチュン500社の90%がキャプティブを使ってリスク移転エコシステムを実現しており、中小企業マーケットもキャプティブについての知識を得つつあり、伝統的な保険市場で得られないカバーをキャプティブに求める動きが出て来ている。企業は予算のコントロールが効くキャプティブを使って保険コストの安定化を求めているが、キャプティブを設立するには資本や規制の制約がありコストがかかるため、保険会社側がヴァーチャルで3年程度キャプティブと同様の体験ができるシステムを企業に提供し始めている。」
その後パラメトリック保険に関して以下4名のパネラーによるディスカッションが行われた。
Richard Cutcher – Executive Producer of Global Captive Podcast
Martin Hotz – Head Parametric Nat Cat of Swiss Re Corporate Solutions
François Lanavère – Head of Sales and Business Development of AXA Climate
Chris Sutton – Partner, Structured Solutions of McGill & Partners
先ず、Swiss ReのMartin Hotz氏により、パラメトリック保険とは何かについて簡単な解説が行われた。パラメトリック保険とは、事前に設定された指標に従って一定額を支払うことを約した保険であり、20年程前から始まったが、既に多くの商品が販売されている。
続いて、AXAのFrançois Lanavère氏より、パラメトリック保険の利点として以下の3点が挙げられた。即ち、① 支払事象が発生してから支払に至るまでの速さが極めて迅速であること、② どんなリスクでもトリガーとなる指標と損害との間に因果関係さえあれば柔軟にカバーが組成できること、そして ③ トリガーとなる指標は誰の目からも明らかであり透明性が確保できること。
一方、McGill & PartnersのChris Sutton氏より、パラメトリック保険の課題として以下の点が挙げられた。即ち、パラメトリック保険は伝統的保険に比べて市場に出て間もないため、まだまだ高価である。また、パラメトリック保険には、指標と実際の損害額との間にベーシスリスクが存在する。
その後、各パネラーによってパラメトリック保険とキャプティブとの関係について様々な事例をもとに意見交換が行われた。例えば、キャプティブのリトロのハイレイヤーを超える巨大リスクに対してパラメトリック再保険を利用したり、逆に気候変動リスクや収益減少リスクをパラメトリック保険で元受した上、キャプティブに出再する例などがある。パラメトリック保険は伝統的保険でカバーしきれないリスクに対して補完的に使われることが多く、例えば近年多くなっている気候変動や自然災害あるいはパンデミックによる収益減少リスクや事業中断リスクをカバーすることに適している。
2. PARIMA(シンガポール)コンフェレンス(11月9日~13日)
11月9日から13日にわたって、PARIMA(Pan-Asia Risk and Insurance Management Association)によるオンライン・コンフェレンスが開催された。
初日の9日に口火を切ったのが、日本社による以下の2つのプレゼンテーションである。
(1) 損害保険ジャパン社および国際石油開発帝石(INPEX)社によって、自然災害リスクの評価モデルの開発とその概要、活用事例についてディスカッションがなされた。また気候変動によって風水害リスクがどのように変化するかについて、その定量化の手法についても話し合われた。
(2) 東京海上日動社および三菱重工社によって、自然災害や新型コロナ感染症等の有事におけるサプライチェーンの途絶に関する最新のリスク評価手法についてディスカッションが行われた。過去の自然現象の発生履歴(統計情報)や発生メカニズム(工学的知見)等をモデル化したリスクモデルの活用領域が広がり、企業のリスクマネジメント(ERM)でも活用されるようになった一方、企業のサプライチェーンに代表されるように、社会経済がグローバル化・複雑化したことにより、災害によるショックの波及の可視化が新たな課題となっており、サプライチェーンの途絶についてのビックデータを使った最新のリスク評価手法が紹介された。
次に、ヨーロッパの大手保険グループであるTalanx Groupの保険会社であるHDI Globalおよび再保険会社のHannover Reによって、保険会社によるソリューション・ストラクチャーの組成やキャプティブを使った有効なリスク・ファイナンスの手法について話し合われた。新型コロナ感染症によりサプライチェーン・リスクが注目され、そうしたリスクに保険が正しく付保されているかが問題となっている一方、サイバーリスクや気候変動により、リスクの頻度は低くなったが損害規模は巨大化した。こうしたリスクから企業のバランスシートを守るためには、保険を買うだけでなく、どのリスクを保有し、どのリスクを保険に転嫁するかが問題となる。また再保険の手配において重要なのは、キャパシティに加えて長期的なパートナーとしての視点である。マルチラインやマルチイヤーで保有リスクをカバーすることにより、資本を長期的に保護することができる。再保険ソリューションの組成は再保険会社だけでできるが、キャプティブは顧客が再保険者として参加しながら行うことが重要となる。
最終日の13日には、ラブアン国際ビジネス金融センター(LIBFC)およびPARIMA主催の第3回アジア・キャプティブ・コンフェレンスが開催され、ラブアンを始めとするアジア地域のキャプティブの現状について話し合われた。
全体としてアジア地域は自家保険分野においてまだ改善の余地があり、キャプティブを使ってどのようにリスクをコントロールするかについての教育が必要だと思われるが、新型コロナ感染症はリスクマネジメントについて考えるいい機会となり、今後キャプティブを含む自家保険について検討する企業が増えてくるだろうとの認識が示された。またSwiss Re Corporate SolutionsのCEOのAnderas Berger氏より、世界ではフォーチュン500社の90%がキャプティブを使っている一方、ラブアンでもキャプティブは毎年10%づつ増えており、特に中小企業のマイクロ・キャプティブや保険会社によるヴァーチャル・キャプティブが増えていることが言及された。次にラブアン金融サービス局のDatuk Danial Mah Abdullah局長より、ラブアン国際ビジネス金融センターでは2020年の上半期で11社の保険会社が新規に認可を取得し、うち7社がキャプティブであり、その中の5つは保護セルキャプティブ(PCC)であるという報告があった。
コンフェレンスの後半は、以下のパネラーによるディスカッションが行われた。
Ariel Kou – Office Manager of Marsh Management Services Labuan Limited
Malcolm Cutts Watson – Managing Director of Cutts-Watson Consulting
Thomas Keist – Global Captive Solutions Leader of Swiss Re Corporate Solutions
Farah Jaafar-Crossby – CEO of Labuan IBFC
各パネラーから、新型コロナ感染症は経済や保険業界に大きな影響を及ぼしているが、これを機会に企業が自家保険の価値をより強く認識することになるだろうとの予測がなされた。具体的には、新型コロナ感染症の影響で保険マーケットはハード化しつつあり、企業にとってバランスシートの保護、入手困難なカバーの供給、従業員の健康管理等の面でキャプティブ戦略の重要性が増しつつあり、特に中小企業のキャプティブが増加している。更に、新たにサイバーリスクや、パンデミックに対する営業継続リスクをキャプティブで処理しようとする動きもある。一方、キャプティブ設立のための時間やコストに余裕がない企業は、Swiss Re等が提供しているように保険会社のバランスシートを使ってキャプティブと同じ機能を提供するようなヴァーチャル・キャプティブを利用するところもある。またマルチイヤー方式でキャパシティを提供する再保険会社も出てきた。来年以降もしばらくハードマーケットが続くと思われるので、上述のような自家保険はますます検討されるものと予想される。
3. ミクロネシア連邦キャプティブ・セミナー(11月18日)
最後に、11月18日にミクロネシア連邦キャプティブ保険協会(FSM CIC)主催でウェビナー形式で開催されたセミナーの様子を以下に紹介する。
先ず最初に、ミクロネシア連邦のPanuelo大統領より、同国の最近の状況について以下の説明があった。現在、ミクロネシアには100社を超える日本企業の法人が設立され、そのうち4分の1がキャプティブである。また、2020年3月以降に6社の日本企業が法人を設立した。これらの収入の少なくとも50%がミクロネシア信託ファンドに投資され、ミクロネシアの経済発展や長期自立化のための予算に充てられている。一方、新型コロナの感染状況について、ミクロネシアは現在のところ100%無感染状態ではあるが、国内外の移動が制限されているとの報告があった。更に、今回のミクロネシア連邦における新たなキャプティブ関連施策として、① 保険委員会の再編、② 法律改正による競争力の強化、③ 保険局長側近としてBen Whitehouse氏の起用の3点が挙げられた。
次に、「新型コロナウイルスの現状と今後の展望」と題して、国際医療福祉大学大学院赤坂心理・医療福祉マネジメント学部教授学部長の高橋泰先生による講演がおこなわれた。
その後、ミクロネシア連邦保険局に新たにキャプティブ・コンサルタントとして採用されたBen Whitehouse氏が、従来型保険の効かないリスクに対してキャプティブを利用する方法について話しをした。同氏はテネシー州のキャプティブ保険監督官として、同州の認可キャプティブ数を5年で24社から500社に増やした実績がある。その際にキーとなったのは、キャプティブの申請に即座に対応すること、そしてビジネス・コミュニティのニーズを満たすために、国際的な基準に沿って規制を運営することを挙げている。また、ミクロネシアのキャプティブ制度のメリットとして、以下の特徴を挙げている。即ち、キャプティブの会計が円建てでできること、税金が円で支払えること、会計は日本基準、国際基準、米国基準のいずれも採用できること、更にマネジャーは一流の専門的な業者が揃っていること等である。これらの特徴によって、ミクロネシアは日系企業にとって効率的なドミサイルとなっている。
一方、キャプティブに適したリスクについて以下の話があった。一般的に頻度も規模も小さいリスクは保有され、頻度や規模がより大きいリスクは保険に転嫁されるが、頻度や規模が極端に大きいリスク(例えばグローバル・パンデミック・リスク)は、保険会社でリスク分散が効かないため保険化できないとされた。しかし、頻度や規模が大きくて保険化できないリスクであっても、自社のリスクであれば自社で評価しコントロールできる限り、キャプティブで対応できる可能性がある。つまりキャプティブは、グローバル・パンデミックや地震・テロ・戦争等の保険化が困難なリスクであっても、カバーできるように約款を自ら作成できる柔軟性があると述べた。
続いて、「サイバーリスクと保険市場」について、エーオンジャパン株式会社のスペシャリティ部賠償責任チームマネージャーの甘利俊之氏が講演し、最近のサイバー攻撃の傾向や、大企業の被害事例、および急速に発展しているサイバー保険のマーケットと今後の展開について概説した。
その後、マーシュブローカージャパン株式会社のシニアバイスプレジデント、プラクティスリーダー、リスクファイナンスアドバイザリーの田嶋英治氏による「マーシュから見たキャプティブの趨勢と日系ユーザー」についての講演が続いた。同氏は、許容できる損害を自家保険とし、許容できない損害だけを保険でヘッジするというフレームワークに触れた上で、9月にリリースされた「Marsh Captive Landscape Report 2020」を踏まえて、キャプティブの趨勢と、そこでは触れられていない日系ユーザーの現状について俯瞰的に解説した。
最後に、株式会社TAXLABOおよび水上税理士事務所の公認会計士および税理士である水上恵理氏が、ミクロネシア連邦と日本の国際課税制度について講演を行った。
先ず日本のタックスヘイブン対策税制について、合算課税の判断基準の一つとなる現地の法人税率(租税負担割合)と「ペーパーカンパニー」、「キャッシュボックス」および「ブラックリスト国」に関する解説があった。
次いで、ミクロネシア連邦の税制について、ミクロネシア連邦の法人税率は課税所得が3億ドル以下で21%、3億ドル超5億ドルまでが25%、5億ドル超で30%の累進課税制度を採用しているとの説明があった。
一方、最近OECDで議論されている最低税率制度について解説された。現在OECDでは、GAFAがアイルランドの子会社に利益を付け替えて節税していることに鑑み、海外子会社との税率の差額を親会社の国で課税することを検討中である。キャプティブについても同様の課税が適用されるものと予想される。最低税率については未定だが、2021年の半頃に決まる予定。もしOECDの最低税率制度を日本が採択した場合、タックスヘイブン対策税制が改定される可能性がある。
弊フォーサイトグループでは、ミクロネシアやシンガポールなどにおけるキャプティブ設立をご検討されている企業の皆様、および既にこうしたドミサイルにおいてキャプティブを運営されておられる企業の皆様向けに、グループ会社であるMIMC(Micronesia Insurance Management Co., Ltd.)ならびにForesight Foresight LIMSL Singapore Pte. Ltdがサービスをご提供しており、日本とミクロネシア、およびシンガポール現地において、豊富な経験と高度なプロフェッショナル・スキルを備えた専任スタッフによるキャプティブ設立検討から設立サポート、運営サポートとビジネス活用コンサルティングまで、川上から川下まで網羅したコンサルティングとサポートをご提供しております。キャプティブ・マネジメント業務についてのご相談をはじめ、これらの地域におけるキャプティブ全般についてのご相談についても是非ご用命下さい。