HCIC 2020バーチャル・フォーラム開催レポート
コロナ禍によって様々な局面で「新しいあたりまえ(New Normal)」を余儀なくされている2020年の状況を象徴するように、毎年秋に日本で業界関係者を集めて開催されている、海外キャプティブドミサイル当局主催のキャプティブ・セミナーが今年は軒並みヴァーチャル開催となっている。今月と来月のフォーサイト・ニュースレターでは、2回に分けてそうしたヴァーチャル・キャプティブ・セミナーの様子をレポートする。
第1回の今月は、去る10/19-20に、ハワイ州キャプティブ保険協会(HCIC)により例年開催されているHCICフォーラムが「チャレンジングな時代におけるキャプティブ(Captives In A Challenging Time)」と題してウェビナー形式で開催された。初のオンライン開催であったが、Zoomを通じた参加登録者数は320に及んだが、時間設定が米国を意識したものであったためか、日本よりの参加登録数は残念ながら少数にとどまった模様だ。それでも各セッションの中で、ハワイ保険当局が日本のキャプティブオウナー企業や、これからハワイにおいてキャプティブ設立を検討している企業へのポジティブなメッセージが多く聞かれ、ハワイ・ドミサイルにおける日系企業の存在感と重要性を改めて感じるイベントとなった。以下、その中で特に日系企業の皆様に興味深いと思われる2つのセッションの模様をご紹介する。
<セッション1>キャプティブ業界におけるホット・トピック
司会:アン・マリー・トウル氏(ハイラント社(Hylant)のグローバル・キャプティブ・ソリューション・リーダー)
パネリスト:
・アンドリュー・クラタ氏(ハワイ州保険局キャプティブ担当官)
・ポール・シモモト弁護士(グッドシル・アンダーソン・クイン&スタイフェル弁護士事務所)
・ダニエル・D・トウル氏(キャプティブ保険会社協会(CICA)会長)
最初のセッションでは、ハワイ・ドミサイルにおけるキャプティブの現状と今後の傾向について、および規制に関する動向などについて、パネリスト達による総括的な説明と意見交換、論議が行われた。
ハワイのキャプティブ現状
まず保険局キャプティブ担当官のクラタ氏より、ハワイのキャプティブの現状の数値データによる紹介が行われた。
* 現在ハワイでライセンスされているキャプティブ数は238社
* 2019年の引受保険料は109.4億USドルで、これは対前年比で3,200万USドルの増加
* ハワイの全キャプティブの純資産総額は316億USドル、資本剰余金は61億USドル、ハワイへの投資総額は14億USドルに上る
キャプティブ所有企業の内訳は、51%(121社)がアメリカ西部の企業で、その他のアメリカ地域を含めると全体の70%(168社)に及ぶが、ハワイ現地企業も13%(30社)、また日本企業も17%(40社)に昇っており、他に例がないくらい多様性に富んでいるとの説明があった。特に過去10年以上日本でのセミナー開催などの結果、日系キャプティブ数が増加傾向にあること、依然多くの日系企業がハワイのキャプティブに興味を示していることが強調された。
更に、地域的多様性に止まらず、キャプティブ所有企業の業種も多様であり、建設・不動産業28%(68社)や通信・製造業20%(49社)を筆頭にさまざまな業種に及んでおり、こうした多様な地域からの、様々な業種の企業のキャプティブニーズに長年応えているハワイ・ドミサイルの高い安定性と信頼性が示された。
次にハワイ州における保険料のうちキャプティブの引受保険料が45%と他の保険会社を上回り半分近くを占めており、特に2018~19年に新規ライセンスされたキャプティブ数が比較的少なかったにもかかわらず(いずれも10社未満)、この10年でハワイ・キャプティブの収入保険料が約100億USドル増加していることが説明され、ハワイ州がキャプティブの数よりもキャプティブのビジネスの内容を重視していることの証左として提示されていた。
ここで、2019年はアメリカよりも日系キャプティブの認可が多かったことを踏まえ、シモモト弁護士より近年の日系企業のハワイキャプティブへの高い興味について、ハワイ州当局やキャプティブ保険協会主催による日本でのセミナー実施などの長年の努力の結果であるとのコメントがあった。また、大統領選で政権交代があった場合(本ウェビナーは米大統領選実施の約1ヶ月前に開催)、ハワイにおける税制が改正されることによって、日系企業のキャプティブへの関心に影響があるか、との司会者の質問に対しては、確かにトランプ税制で法人所得税が35%から21%に引き下げられたことは日系企業のキャプティブ設立検討に大きなプラスになったが、もし再度法人所得税が引き上げられた場合は企業は再度状況を検討することになるだろうとのコメントがあった。一方CICAのトウル会長からは、日本に対するハワイキャプティブ業界の高いコミットメントと、日系企業との好関係を強調するコメントがあり、税制改正のみがハワイでのキャプティブ検討をドライブすることにはならないだろうとの見解が示された。
コロナ禍の保険業界への影響とキャプティブがどう対応できるか
次に、多くの企業が事業中断保険や財物保険などについて、パンデミックに対する保険カバーを持っていない現状について、キャプティブがどう対応できるかについてのパネリスト間での意見交換が行われた。トウル会長からは、最近ウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された、キャプティブがコロナ時代にハード化する保険マーケットへのソリューションになり得るとの記事(2020/9/27付記事)を引用して、コロナにもかかわらずキャプティブの保険料は伸びており、また通常得られない新しいカバーにアクセスすることができるなど、現状はむしろキャプティブ業界にとって大きな機会であるとのコメントがあった。
キャプティブに対する規制動向
次に、シモモト弁護士より、昨年のフォーラムでもシェアされた州内企業による他ドミサイルにおけるキャプティブ設立や、州外の保険会社(キャプティブを含む)に州内リスクを付保することに対して税制上の規制を強化しようとしていると見られているワシントン州や、州内ライセンスのない保険会社への付保を保険料税の賦課によって規制しようとしているミネソタ州などの動向についてのアップデイトがあった。
また、今年HCICが23のキャプティブ保険団体と共同で、IRS(内国歳入庁)がCICサービス社(テキサス州のキャプティブ・マネージャー)に提起している訴訟についての米国最高裁へのアミカス準備書面(裁判所に対して、当事者及び参加人以外の第三者が事件の処理に有用な意見や資料を提出する制度に基づく文書)を提出した件が触れらた。同氏およびタウル会長からは、IRSが真のキャプティブの悪用をの摘発することについては支持するが、こうした訴訟提起が適切なキャプティブに対する理不尽な規制につながる可能性に対する懸念の表明と、IRSがそのような立場を取らないことを強く期待するとのコメントがあった。
その他のマーケット情報
改めて保険市場のコロナ禍による全般的なハード化と、キャプティブがコロナ禍におけるリスクマネジメントの解決策として前向きに捉えられているとのWSJ記事が言及された。一方、財物保険や事業中断保険(BI)等は確保が難しくなっていることから、キャプティブの活用が増えているとのコメントもあった。
「パンデミックについてのカバーは、グループ・キャプティブでの引受が今後行われるのか、または単独親企業のキャプティブにおいて将来のパンデミックに向けてファンドを蓄積する方向で対応されるのか」という参加者よりの質問に対し、シモモト弁護士は「最初は自分のリスクであり、単独親企業キャプティブがパンデミック・カバーの対応をするのでは」とコメントし、トウル会長は「政府による救済制度なども検討されて然るべきだが、アクチュアリー達もこうしたパンデミックが100年に1度のイベントなのか、もっと頻発するイベントなのかについて計りかねているためそうした検討が困難になっている」とコメントした。
<セッション2> 混乱したマーケット環境におけるキャプティブ活用について~イノベーションとエグゼキューション
司会:ウォード・チン氏(エーオン)
パネリスト:
・ウェンデル・ファレル氏(エイヴリー・デニソン社リスク・マネジメント担当シニア・ディレクター)
・デイヴィッド・バイヤー氏(アラスカ航空グループリスク・マネジメント担当ディレクター)
・トッド・マルモト氏(Guess?社リスク・マネジメント&セイフティ担当VP)
・アリソン・ロッシ氏(スクエア社財務部門リーダー)
次のセッションでは、実際にハワイ州にキャプティブを設立・運営して、自社および自社グループのリスク・マネジメントに活用している有力企業4社のキャプティブ運営担当エグゼクティブをパネリストに迎え、それぞれの企業がどのような経緯と背景でキャプティブをハワイに設立したのか、どのようにキャプティブ活用しているのかについて、特にイノベーションの観点からのプレゼンテーションと様々な意見交換が行われた。
エイヴリー・デニソン社とそのキャプティブについて
エイヴリー・デニソン社は1935年創立の宛名・ファイリング等ラベル・シール製品メイカー。本社はカリフォルニア州グレンデールで世界50カ国で3万人を超える従業員によるオペレーションを展開。年商71億USドルで、フォーチュン500のランキングでは425番目に位置するグローバル企業(2019年現在)。
WRI社とAVY社の2社のハワイ・ドミサイル・キャプティブを所有、AIGをフロンティング会社として国際的賠償責任保険の100%再保険を引き受けている他、元受キャプティブとして自社のリコール保険を引き受けている。エイヴリー・デニソン社自身のグループ免責金額は50万USドル。
アラスカ航空とそのキャプティブについて
ハワイドミサイルのキャプティブ、ASAアシュアランス社を所有するワシントン州本社の航空会社。キャプティブのオペレーションは2016年スタートで、3名の取締役を有し、オペレーションは外注している。
ドミサイル決定に当たっては全米国ドミサイルを検討後、ハワイに決定。理由は
* ハワイ保険当局のキャプティブオウナーに対しての柔軟性と協力的姿勢
* オペレーションや会計、監査、法務をサポートするベンダーのオプションが豊富なこと
* 銀行業務や投資についての実力あるパートナーがいること
* アラスカ航空のフライトの発着地にもなっていること
当初はアラスカ航空グループの労災保険プログラムの投入から始まり、続いて利用客向け旅行傷害保険を投入。2016年のヴァージン・アメリカ航空の買収と、航空サービスのオペレーションを担うマギー・エア・サーヴィスの設立により、より航空保険(機体・賠償)にフォーカスしたキャプティブ運営にシフトした。
キャプティブが有効に機能しているのは、通常の財物保険などではなく、航空保険のテロカバーの引受キャパシティ確保。航空機テロカバーはロンドンでしか引き受けられておらず、アンダーライターの数も限られている。従って、一つの空港で複数のエアラインの引受金額が集積するため往々にして充分なカバーが得られないが、そういう場合にキャプティブでそのギャップを埋めることができるとの説明があった。
スクエア社とそのキャプティブについて
スクエア社は2009年創立、カリフォルニア州サンフランシスコを本社とする、通常のクレジットカード処理POS端末に代わる簡易な決済用インターフェースと、通常より短いサイクルでの決済資金提供を実現したPOS決済ソリューション・プロバイダー企業。最近仮想通貨決済用POS端末も開発。
ハワイのキャプティブ、Huinaha Reinsurance, Inc.を所有し、通常の保険マーケットで充分なリミットが確保できない、自社グループの仮想通貨(ホット・ウォレット)向の犯罪保険(身元信用リスクや盗難リスクをカバー)を投入し、こうしたリスクについてのボラティリティの平準化や保険料節約に活用している。今後は実態通貨(コールド・ウォレット)の犯罪保険やサイバーなど、他の保険分野にも活用していく予定。ちなみに仮想通貨の犯罪保険を引き受けるキャプティブはバミューダとケイマンに1社ずつ存在するが、ハワイでは初。
Guess?社とそのキャプティブについて
1981年創立、カリフォルニア州本社のアパレルブランド企業。より長期のリスクマネジメント戦略や、プログラムの柔軟性確保および既存保険マーケットへの依存を避けるためにキャプティブを設立。アラスカ航空同様、ハワイ保険当局の柔軟性、当局がキャプティブ受入に対して様々な投資をしていることと、西海岸から近いことを理由にハワイでの設立を最近決めた。マルモト氏は、Guess?社に最近転職してくる以前は、おもちゃメーカーのマッテル社で25年以上キャプティブ運営を担当してきた、キャプティブ業界のベテランである。キャプティブ投入予定の種目は、一般賠責、自動車、労災、財物およびサイバー保険。
上記のように、業界も業態も異なる各社各様で、それぞれの企業に特有なリスクや必要なカバーについて様々な工夫を凝らしてキャプティブを活用している様子が紹介された。各パネリストの発表の後は、ウェビナー参加者からの各種質問にパネリスト達が答えるという形でセッションが進められた。
参加者よりの質問
1.サイバー保険のランサムウェアによる事業中断カバーをキャプティブに投入することは考えているか?
(Guess?社のマルモト氏)レトロが確保できれば是非検討したい。
(スクエア社のロッシ氏)将来的には検討したい。
2.どのような新しい先進的なカバーをキャプティブに投入することを考えているか?
(Guess?社のマルモト氏)ビジネスの成長をサポートする保険、例えばワランティなどを考えたい。
3.キャプティブの将来をどう考えるか?
(Guess?社のマルモト氏)キャプティブは新しいリスクを考える場合でも長期ではバランスが取れるので、困難な時期だけでなく、ビジネスが好調な時期でも継続して活用すべき。それができる会社は長期において比較競争優位を保てると思う。
(スクエア社のロッシ氏)キャプティブはあらゆる業種、業態で活用できる面が多いと思うので、今後はキャプティブを活用する企業がもっと増えると思う。
HCICウェビナーは、この2つのセッション以外にも、アメリカ各州および連邦当局による、キャプティブ関連の税制変更や法制化の動きを詳細にカバーした、専門弁護士による「連邦および州税アップデイト」や、本セミナーの協賛企業の一つであるマーシュ社によるセッションなどが行われた。なお、2021年のHCICセミナーについては、2021/10/24-28の日程で、ハワイ島オアフのFour Season’s Resort Oahu at Ko Olinaホテルでの開催が発表されている。その他本ウェビナーに関する情報およびご質問等については、弊社フォーサイトリスクマネジメントまでご連絡頂きたい。
弊フォーサイトグループでは、ハワイにおけるキャプティブ設立をご検討されている企業の皆様、および既にハワイにおいてキャプティブを運営されておられる企業の皆様向けに、グループ会社であるTPRM(Transpacific Risk Management Co., Ltd.)が日本とハワイ現地において、豊富な経験と高度なプロフェッショナル・スキルを備えた専任スタッフによるキャプティブ設立検討から設立サポート、運営サポートとビジネス活用コンサルティングまで、川上から川下まで網羅したコンサルティングとサポートをご提供しております。キャプティブ・マネジメント業務についてのご相談をはじめ、ハワイにおけるキャプティブ全般についてのご相談についても是非ご用命下さい。