2019年度世界のキャプティブ保険市場概観
世界のキャプティブ保険市場の状況を2回にわたってお届けする。今月は第2回目として、各キャプティブ設立地(ドミサイル)の状況ををお伝えする。
2019年度の地域別キャプティブ数
ビジネス・インシュアランス誌の調査によると、2019年末の世界のキャプティブ総数は6,135社であった(但しその中にはセル・キャプティブ内の個々のセルの数等は含まれていない)。地域別に見ると、米国およびカナダを含む北米地域が51.4%, バミューダおよびカリブ海諸島が34.5%, ヨーロッパが11.2%, アジア太平洋地域が2.9%となっている。
地域 |
シェア |
キャプティブ数 |
米国 |
51.1% |
3,133 |
カナダ |
0.3% |
20 |
バミューダおよびカリブ海諸島 |
34.5% |
2,118 |
ヨーロッパ |
11.2% |
685 |
アジア・大平洋地域 |
2.9% |
179 |
合計 |
100% |
6,135 |
出典:ビジネス・インシュアランス誌の調査
ビジネス・インシュアランス誌の調査(最終頁のランキング表を参照)によると、上位10ヶ所のキャプティブ・ドミサイルのうち7ヶ所でキャプティブ数が2018年度と比べて減少している。原因としては、数年前まで保険料が下降傾向にあったこと、更に米国税法831条b項を選択したキャプティブに対する訴訟で米国歳入庁(IRS)が勝訴したことにより多くのマイクロ・キャプティブの設立が減少したためと考えられる。
北米
租税回避のために設立されたマイクロ・キャプティブに対するIRSの勝訴により、2019年の米国オンショア・マーケットの中で831(b)キャプティブを多く抱えるドミサイルではキャプティブの認可数が大きく下落するという結果をもたらした。例えばデラウエア州では2019年にキャプティブ閉鎖数が118社に達し、新設と相殺しても正味で13%の減少となった。またケンタッキー州やユタ州でも多くの831(b)キャプティブを抱えており、それぞれの州でも831(b)キャプティブの減少が見られた。
キャプティブ・マネジャーは、831(b)が適切に運用されている限りにおいてはそれを選択することを支持するが、租税回避の手段として利用されるキャプティブは淘汰されるべきと考えている。IRSが税務裁判所で勝訴した注目度の高いキャプティブがあるにもかかわらず、中小規模のキャプティブはまだ数多く設立されている。実際デラウエア州とユタ州では、2019年に世界中の他のどのドミサイルよりも多くの新設キャプティブが認可された。
米国マーケットでは、全体として200社以上のキャプティブが新規に認可されたが、300社以上が閉鎖されたため、正味で100社近くが減少した。しかしいくつかのキャプティブが閉鎖されたもののそれを上回るキャプティブが新設されたドミサイルもいくつかある。例えばバーモント州は、正味5社の増加を記録し、サウスカロライナ州は正味8社の増加を記録した。
しかしバーモント州は、依然として米国最大のドミサイルではあるものの、同州も米国内におけるドミサイル間のキャプティブ獲得競争の激化に直面している。キャプティブの親会社の本拠地がキャプティブ法を制定しているケースも数多く出てきているため、バーモント州では以前ほど多くの新規キャプティブの設立は見られない。フォーチュン500社レベルの企業は、自社の役員を海外または他の州に派遣するには費用がかかるため、自社の本拠地となる州でキャプティブが設立できるよう州議会にキャプティブ法の制定を働きかける方が簡単であると考えている。
一方、米国では現在10の州で100社を超えるキャプティブが稼働しているが、これらのドミサイルのうちテネシー州では、キャプティブ数は減少したものの、引受保険料が2019年に14億ドルから16億ドルに伸びた。従って、今後長期的には、米国のキャプティブ・マーケットはある程度の保険料を生み出せる10程度の主要なドミサイルに集約されるだろうと予測されている。そうしたドミサイルは、主要都市からのアクセスがよく、大企業の多い州になるだろう。
米国内ドミサイルの上位10州
2019年末時点で稼働キャプティブが多い順
順位 |
ドミサイル |
2019年 |
2018年 |
1 |
バーモント州 |
585 |
580 |
2 |
ユタ州 |
435 |
441 (1) |
3 |
デラウエア州 |
366 |
421 |
4 |
ノースカロライナ州 |
235 |
246 (1) |
5 |
ハワイ州 |
231 |
231 |
6 |
サウスカロライナ州 |
179 |
171 |
7 |
ネバダ州 |
174 |
182 (1) |
8 |
テネシー州 |
140 |
169 |
9 |
アリゾナ州 |
128 |
124 |
10 |
モンタナ州 |
123 |
128 (1) |
(1) 再計算した数
出典:ビジネス・インシュアランス誌の調査
バミューダおよびカリブ海諸島
カリブ海諸島では、米国とヨーロッパの企業がオフショアでのキャプティブ設立を見直し、自国に近いところに設立する傾向が続いたため、キャプティブの数は100社以上の減少を記録した。特に、租税回避目的のキャプティブに対するIRSの訴訟の影響によって、多くのオフショア・キャプティブが閉鎖された。
2018年に165社のキャプティブが稼働していたアンギラでは、2019年には新規が1社認可されただけで、閉鎖が37社にも上った。
英領バージン諸島でも14社、即ち約5分の1のキャプティブが閉鎖された。
ケイマン諸島は依然としてヘルスケア・キャプティブの先進ドミサイルであり、33社の新設を獲得したが、米国においてヘルスケア分野でのM&Aが続いたことにより、キャプティブも統合や閉鎖を余儀なくされたため、2019年度に閉鎖されたキャプティブは90社以上に上り、最終的には正味で56社、即ち8.3%の大きな減少を記録した。
バミューダは正味で15社の減少となったが、最終的な稼働キャプティブ数は715社で、世界最大のキャプティブ・ドミサイルとしての地位を維持することができた。
しかし、バミューダおよびケイマン諸島のいずれのドミサイルでも、近年米国およびヨーロッパの企業にとってオフショアでのキャプティブ設立が、特にEUの経済的実体基準要件に照らして税制面、規制面および認知度の観点からより複雑になってきたことから、キャプティブ数を減少させている大きな要因となっている。
カリブ海諸島のドミサイルの上位5ヶ所
2019年末時点で稼働キャプティブが多い順
順位 |
ドミサイル |
2019年 |
2018年 |
1 |
バミューダ |
715 |
730 (1) |
2 |
ケイマン諸島 |
618 |
674 |
3 |
バルバドス |
294 |
276 |
4 |
ネービス |
147 |
155 |
5 |
アンギラ |
129 |
165 |
(1) 再計算した数
出典:ビジネス・インシュアランス誌の調査
ヨーロッパ
ヨーロッパのドミサイルでは、2019年の閉鎖や新設認可数にそれ程極端な動きはなく、正味の減少は24社のみであった。ヨーロッパ最大のドミサイルであるガーンジーのキャプティブ数は、2019年の新設と閉鎖を相殺して正味で10社(4.8%)の減少となった。
ルクセンブルクは2019年に3社のキャプティブが正味で減少したが、マン島では1社の減少に留まった。
キャプティブ数の減少にもかかわらず、ヨーロッパのオンショア・キャプティブの引受保険料の額は2019年に約8%も増加した。この数字は、過去数年間が約4%前後の増加で推移してきたのに対して、2019年は保険マーケットのハード化によりキャプティブを使って更に多くのリスクを引き受けるようになったことを反映している。
2019年に引受けを停止したキャプティブはごくわずかである。引受け停止したキャプティブは、どちらかと言うと戦略を見直して再び積極的に引き受けようとしている。ある調査によると、ヨーロッパのキャプティブ・オーナーの約30%が新規種目の引受けを拡大する計画であり、25%のキャプティブが保有を増やす予定とのこと。
ヨーロッパのキャプティブ・オーナーの間では、特に事業中断、D&O、取引信用、保証、サイバー、パンデミック、建設工事および金融関連の保険に関してキャプティブでの引受けに強い関心を示している。
一方、英国のEU離脱により、一部のオーナーの間ではヨーロッパのキャプティブの必要性とドミサイルの再検討をする可能性もある。一部のキャプティブがEU域外からヨーロッパに戻ってきており、キャプティブを自社の本拠地に近づけようとする傾向もある。
ヨーロッパのドミサイルの上位5ヶ所
2019年末時点で稼働キャプティブが多い順
順位 |
ドミサイル |
2019年 |
2018年 |
1 |
ガーンジー |
199 |
209 (1) |
2 |
ルクセンブルグ |
195 |
198 |
3 |
マン島 |
102 |
103 |
4 |
ダブリン |
69 |
78 |
5 |
スウェーデン |
39 |
42 |
(1) 再計算した数
出典:ビジネス・インシュアランス誌の調査
アジア太平洋地域
キャプティブに対する認知度と関心はアジアの新興経済国で成長し続けているものの、その実現は依然として限られており、 2019年にアジアのドミサイルでは、主にオーストラリアの企業を中心に数社のキャプティブが新設されただけに留まり、正味増加はほとんど見られない。
中国企業はこれまでに8社がキャプティブを設立しているようだが、2019年にキャプティブを設立した中国企業は今のところ報告されていない。一方、香港では新規設立は見られず、中国本土からのキャプティブの受け入れがまだできていない状況である。
アジアにおけるキャプティブの約4割を占めているシンガポールでは、2019年の正味増加はわずか1社であった。しかし、オーストラリア企業は財物保険やD&O保険のマーケットにおいて難題を抱えており、キャプティブ設立に大きな関心を寄せているため、今年はかなりの数の新設キャプティブが期待されている。
アジア太平洋地域のドミサイルの上位5ヶ所
2019年末時点で稼働キャプティブが多い順
順位 |
ドミサイル |
2019年 |
2018年 |
1 |
シンガポール |
73 |
72 |
2 |
ラブアン |
50 |
46 (1) |
3 |
ミクロネシア連邦 |
25 |
26 (1) |
4 |
ニュージーランド |
9 (2) |
9 (2) |
5 |
バヌアツ |
6 |
6 |
1) 再計算した数
(2) ウェブサイトより
出典:ビジネス・インシュアランス誌の調査
今後の見通し
2020年は世界中のあらゆる企業または業界が保険マーケットのハード化の影響を受けており、保険プログラムの急速かつ急激な見直しを迫られている。更に2020年初頭に始まった新型コロナウイルス感染症の影響を受け、多くのキャプティブにおいて新型コロナ関連のロスの増加が報告されたが、ほとんどのキャプティブは親会社のリスク許容度の範囲内で引き受けているため、パンデミック・リスクがキャプティブの閉鎖につながるとは考えられない。むしろ、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、ますますリスク・ファイナンスとしてのキャプティブの必要性が増すと考えられる。
更に、事業中断保険や旅行保険などの種目で新型コロナウイルスに対するカバーの引受けを拒絶された企業は、次に起こるパンデミックから身を守るためにキャプティブを使って備えることを検討している。
キャプティブ設立の流れが中小企業マーケットに移る中で、セル・キャプティブは引き続きキャプティブ設立への足がかりとして検討されるだろう。
短期的にはキャプティブ数の増加が加速することは必須だが、ハード・マーケットが収束すればキャプティブの更なる統合があるだろう。しかし、キャプティブの活用は拡大し続け、引受保険料も上昇し続けることが予測される。
<参考文献>
ビジネス・インシュアランス誌(2020年3月号)特集レポート – キャプティブ保険
キャプティブ・レビュー誌(2020年5月 – 6月号)2020年度世界ドミサイル最新状況